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長谷部浩の俳優論。

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歌舞伎は、その成り立ちからして俳優論に傾きますが、これからは現代演劇でも、演出論や戯曲論にくわえて、俳優についても語ってみようと思っています。
劇作家よりも演出家よりも、俳優に興味のある方へ。
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2024年1月の記事一覧

【劇評326】序破急急。尾上右近が『京鹿子娘道成寺』を歌舞伎座で堂々、踊り抜いた。

【劇評326】序破急急。尾上右近が『京鹿子娘道成寺』を歌舞伎座で堂々、踊り抜いた。

 驚嘆すべき『京鹿子娘道成寺』を観た。

 尾上右近の渾身の舞台には、優駿だけが持つ速度感がある。身体のキレ味がある。しかも、下半身を鍛え抜いているために、速いだけではなく、緩やかな所作に移ってもぶれがなく、安定感がある。歌舞伎舞踊の身体をここまで作り上げるには、どれほどの汗が流れたことかと感嘆した。

 もっとも、右近の白拍子花子は、この境地に至るまでの労苦を一切見せない。変幻自在な所作事の魅力

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【劇評324】三谷幸喜の技が冴えるエンターテインメント『オデッサ』。

【劇評324】三谷幸喜の技が冴えるエンターテインメント『オデッサ』。

 三谷幸喜は「東京サンシャインボーイズ」を率いる劇作家として出発した。新宿東口、紀伊國屋書店にほど近いシアター・トップスを拠点としていた頃のことが忘れられない。

 あれから、ずいぶん長い時が経過して、三谷幸喜は大河ドラマの脚本家、映画の監督としての声望を獲得した。

 今回、三谷が登場人物が三人だけの台詞劇を書くと聞いて驚いた。代表作のひとつに、1996年には二人芝居として上演された『笑の大学』

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 【劇評323】色気したたる松也の『魚屋宗五郎』。妹のお蔦はどれだけ殿や岩上を狂わせたのだろう。こんな宗五郎を観たのははじめてです。

【劇評323】色気したたる松也の『魚屋宗五郎』。妹のお蔦はどれだけ殿や岩上を狂わせたのだろう。こんな宗五郎を観たのははじめてです。

 色気があり、キレ味のよい宗五郎を観た。
 松也が勤める宗五郎は、単に断酒を破った酒乱の物語ではない。
 江戸の庶民として、妹を妾奉公に出さねばならぬほどの窮地から、自分たち一家が救われたことのありがたさ。こうした庶民が強いられた忍耐によって、妹が突然の死を迎えた鬱屈を抑えに抑えている宗五郎の心境がまざまざと伝わってくる。

 松也の宗五郎がいいのは、理屈で芝居を運ばず、つねに情を大切にしていると

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