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サッカーにおける言語化を紐解く。



私たちは同じイメージを共有しているのか。


私がSNSで発信を初めて1年が経過した。フィジカル、認知に関すること。これらが多くの方に届くようになって非常に嬉しく思う反面、正しく理解していただいているかは懐疑的である。


認知の重要性を身近で感じさせてくれる選手がいる。



サッカーは刻々と状況が変化するスポーツである。同じ状況は二度とないと言われるこのスポーツにおいて言語化は非常に重要となる。


言語化の重要性とは何か。今回はこれを科学的に紐解いていきたい。



サッカーにおける認知・判断・実行とは



サッカーにおける文脈で登場する「認知」とは通常、視覚的認知を指す。


視覚的認知に関しては過去の記事で触れているので、それを基に解説していく。


UEFA Champions Leagueでのヤングアヤックスの躍進に魅了された。

彼らのパスワークの根源が結城康平氏の記事に示されていた。

育成の名門として名高いアヤックスユースは特に探索的行動を重要視しており、2016年のUEFAユースリーグのチェルシー戦では各ポジションに「アカデミーで最も探索的行動の頻度が高いプレーヤー」をそろえていたという。CBとしてスターティングイレブンに名を連ねたマタイス・デ・リフトを筆頭に、オランダの育成が復権しているのは首振りによる認知能力の重要視が関わっているに違いない。


近年の科学的な発展によって抽象的な表現に過ぎなかった「フットボールIQ」を読み解く試みも存在する。プレドラグ・ペトロビッチ氏によれば、イニエスタとシャビに神経心理学的なテストを受けさせた結果、彼らの「問題解決能力」「判断力」は傑出していたという。そして、同様に高いスコアを記録したのが「情報収集能力」だ。当然だが、正確に情報を収集しなければ、それを精査することも難しい。
ノルウェーの心理学者Dr.ゲイル・ヨルデは、フットボールにおける「意思決定」を3つのフェーズに分割した。1つ目は、「視覚による知覚」。視野に入ってくる情報を収集し、解釈する能力だ。2つ目は、「探索的行動」。積極的に状況を把握し、情報を収集する能力を指す。最後が「予測」。これは収集した情報から、数秒後の状況をイメージする能力になる。

視覚による意思決定のフェーズ

・視覚による知覚
・探索行動
・予測
彼の研究において、「探索的行動」は以下のように定義されている。
「ボールを保有した際のアクションに繋がる情報を得ようという意思によって、ボールの存在する方向以外を把握しようとする、身体や頭の動き」

フットボールIQの正体である、探索行動について紐解いていきたい。

探索(たんさく、英: search)とは、

特定の制約条件を満たす物を見つけ出す行動のこと。 何か問題を解くに当たって、有効な解析的な解法を用いることのできない場合は、試行錯誤によって解を得る場合もある。

フットボールにおける探索とは

「ボールを保有した際のアクションに繋がる情報を得ようという意思によって、ボールの存在する方向以外を把握しようとする、身体や頭の動き」


フットボールの構造は以下で分類される。

・Communication:認知
・Decision Making:状況判断
・Executing Decision:実行能力
・Football Fitness:フィジカル

探索行動とは、認知、状況判断に含まれると考えられる。

認知、状況判断をするための、探索行動とは何を指すのか。



首振りによる視覚情報



そして、フットボールにおける視覚情報はどのように認知され、状況判断に活かされるのか。


Williams(2000)によると、サッカーのパフォーマンスレベルに選手の視覚的情報を処理する際の視機能や視野のような「ハードウェア」はパフォーマンスに影響を及ぼさないが,刺激の認知や弁別,運動様式決定といった中枢の情報処理能力に代表される「ソフトウェア」は,パフォーマンスを決定する大きな要因であると報告されている。


サッカーでは視る能力より、視たもの情報処理する能力が重要となる。


オープンスキルに属するスポーツの遂行場面では、予測能力がパフォーマンスを決定する重要な要因になる。予測とは、われわれをとりまく環境の中から予測とは,われわれをとりまく環境の中から 特定の情報を抽出し,それらを手がかりとして, 次に起こりうることを前もって推量することである。(伊藤,2000)


サッカーはオープンスキル競技と呼ばれ、状況が限定されないスポーツである。逆に陸上や野球などは決まった局面で勝敗げ決するスポーツである。

このオープンスキル競技では予測が重要とされる。取り巻く環境から特定の情報を抽出する。つまり、視ることの断捨離が必要である。そして、その情報を基に予測すること。これは経験により左右される。


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色や方位、形などの特徴の検出は視覚探索過程と関与している。特定の物体が複雑な視覚で浮かび上がる現象を「ポップアウト」と呼ぶ。視覚が対象物と周囲の物の特徴を、同時に処理している。サッカーのように複雑で動きを伴う場合は注意深く調べなければ対象物を特定できない。ポップアウトはトレーニングにより変化し、注意深く探索しなければならない状況もトレーニングにより可能となると言われている。これは視覚情報を記号化しているためと言われている。


視覚からの予測は,アスリートが動作反応をする際の基盤となる,効果的な情報を収集するための重要な役割を担っている.Martell and Vickers(2004)

予測はより、効果的な情報収集に役立つ。つまり、ゲームで瞬間的な認知・判断・実行されているのではなく、予測能力を持っていることがパフォーマンスに影響する。

熟練者の予測能力は,ボールを持つ相手だけではなくその周囲の状況からも有益な情報を引き出しうる視覚探索方略ないしは選択的注意のはたらきによるものである.張(2008)

そして、トップアスリートはその有益な情報収集の方法を知っているとの報告がある。つまり、彼らは経験によりどのように情報処理をしているかを知っていることが示唆される。


つまり、トレーニングにおいてはどのように情報収集するかを学習することが重要となることが分かる



アーセン・ベンゲルはこのように説いている。

「選手はボールを受ける時にいつも認知、次に決断、最後に実行を行うが、この中でも認知が大きな役割を担っている。認知の改善方法について解明するために、私はノルウェーの大学と研究をしていたんだ。大まかに言って、ボールを受ける前にできる限り多くの情報を集めることが重要だという結論に達したね。私はそれを『スキャニング』と呼んでいるよ」


このベンゲルが語っている「スキャンニング」は「探索行動」と同意語である。できる限り多くの情報を集めることが重要とされるが、どのようにスキャンニングされるのか知っておくことが重要であろう。



視覚情報を取り入れるスキャンニング



人の五感の中で、視覚から得られる情報量は圧倒的に多く、関わる中枢神経系の数は、聴覚や触覚の100倍と言われている。

人の行動解析において視線の動きから得られる情報は多い。

視線と目の動きは同義語であるが、

・視線の動き
・頭部運動
・眼球運動

の和として表せられる。

ここでの頭部運動とは単に頭の動きではなく、首、胴、腰から足まで様々な動きの和として頭部運動を定義している。


眼球運動のパターンには、

・固視微動(不随意運動)
・追従眼球運動
・跳躍運動(サッカード)


追従眼球運動は運動する視対象を目で追う場合のみ発生する低速度の滑らかな眼球運動である。速度上限は30°/secであり、正確には追従できるのは、せいぜい5°/secである。読書等で使われる。

跳躍運動は、非常に高速度の眼球運動であり、高速度300~600°/secに及ぶ、スポーツ中の選手から選手への視線の動きは全て跳躍運動であり追従眼球運動が発生することはない。(跳躍運動には不応期があり、視対象が動き出してから発生するまでに常に160~170msecの遅れが生じる。)


これは非常に専門的な視点であるが、アスリートの視野で必要なのは眼で追うことではない。意識した場所に反射的に眼を移すことである。

また、首振りでは眼の動きのみで範囲を網羅することは困難であり、頭部の動きが必要とされる。


頭部運動

眼球運動の基準とし割れている網膜上の座標系は頭部運動など体中心の座標系に脳内変換され、1つの座標系に統合される。
注視を保持するとき頭部運動は眼球運動に比べて、視線の2倍寄与する。
跳躍運動を用いた眼球運動だけで視対象を捉えることができる範囲は約15°である。視線の移動が20°を超えると80%近くを頭部運動で見る。
首振りの正体は眼球運動でカバーできない範囲を頭部運動で補っているために生じる動きの可能性が高い。


・左右20度までは首を振らなくても捉えることが可能。
・左右20度以上は首を振って捉える必要がある。


自分自身が捉えられる範囲を知っておくことで、情報処理に労力を割く割合が減ってくるので、認知的負荷が軽減する。

視覚的情報をうまく使うことが重要である。


この視覚をプレーで活かすにはどのように視ることが有益かを知る必要がある。シャビの動画でなぜ首が振ることが重要か理解できる。

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これは絵画の視覚探索の研究で視線の変化を調査したものであるが、熟練したものはある程度何を視るか整理されていることが分かる。


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そして、脳内ではこのように整理されている。ほとんど多くの情報は処理されないことが分かるのではないだろうか。私たちはフィールドで何を意図的に処理しているか、スキルを発揮するために必要な情報収集は何だろうか。



視覚による情報収集方法



視覚的認知の活用法として上記の3つに大分される。

GPS
認知地図
ナビゲーション


フィールドにおける現在地のマーキング(GPS)

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フィールドのボール、味方、相手、スペースの認識(認知地図)

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それらをどのように活用するか(ナビゲーション)

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これらがどのようにしてサッカーに落とし込まれるかが重要である。



サッカーの言語化は必要か



footballistaにて筆者の西部さんが冒頭に語っている印象的な言葉がある。

通常、私たちは言語を使って物事を考えています。ところがサッカーにおける「考える」は言語を使っていません。言語で考えていたらあまりにも遅過ぎるのです。


これは専門家の私としては半分合ってて、半分間違っている。フットボーラーとしての視点では正しいと感じる。不思議で強烈な一言であろう。


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これは「指を動かそう」と思い立った時に指を持ち上げるように指示した研究である。自発的に運動を行う約1秒前に出現する脳活動の変化を捉えている。動かそうと思い立ったのは、脳波が計測されてから数百ミリ秒「後」であったと報告されている。
行動を開始するのを自覚するのは行動の80ミリ秒前であり、その動作から感覚を得るには動作開始から100ミリ秒後になる。

行動を開始したと自覚するのに感覚情報を頼りにせず、ほとんど予測された感覚情報で動いていることが分かる。サッカーのような素早いスポーツにおいてはほとんどプレーは限りなく無意識に近い意識下で行われていることが示唆される。

つまり、考えていてはプレーは遅くなる。


では、何故言語化が必要なのか。


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