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ショート・ショート

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ショート・ショートを集めました。ここの作品はどちらかといえば大人の方向けに、ちょっとブラックなものも含めて書こうと思っています。
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記事一覧

S.S.『風は知っている』

 晴れ渡った空の下、私は石畳の坂を上っている。前にこの道を歩いてから、二十数年の時が流れている。  丘の上まで来て、大きく息をついた。ここは私の一番好きな場所だった。見晴らしが良く、空の広さも感じられる。遠くに見える街。流れていく雲。時間とともに色を変えていく空。見ていて飽きなかった。  若い頃はよくここへ来たものだ。つらいことや上手くいかない時は、いつもここへ来ると慰められた。風に包まれていると不思議と心が落ち着いた。姿は見えないが、風が一緒にいてくれるような気がしたのだ。

S.S.『アウトテイク』

「Take1」 a.m.1:30. 時折車が追い抜いていく以外、人気のなくなった通り。歩道を歩く自分の足音が闇に吸い込まれるように消えていく。 背後からスピードを出した車が迫り、追い越しざまにライトが歩道にうずくまっていた黒猫を照らした。瞳が青と黄色に光り、猫はオレの目の前を横切って車道に飛び出し、そのまま渡り切って闇の中に消えた。 あの黒猫も孤独な身か……というより前を横切られた……。不吉な予感。よくないことが起きる前兆。ふとそんな思いが頭をよぎる。 迷信だ。後戻りはしない

S.S『下車前途無効』

 ふと思い立って旅に出た。目的地を決めず、路線図で最初に目についた駅までの切符を買い、電車に乗った。  馴染みのある景色、住み慣れた街を後に、初めての、再び来るかどうか分からない街を一人電車に揺られていく。同行者がいてはなかなかできない、こういう気ままな旅がいい。  車窓を流れる風景を見ながら、ふと惹かれたら降りる。切符には下車前途無効と書いてあるので料金が多少惜しくはあるが、ぼくは行き当たりばったりの旅が好きだ。  散策してみると思ったほどではないこともある。直感など当てに

ショート・ショート『暴走車』

作品について PHP研究所のショート・ショート『「ラストで君はまさかと言う」文学賞』に応募した作品です。登場人物は小学生から高校生とし、読者対象は小学校高学年から。オチのどんでん返しに特化した物語という規定でした。難しかったです。  悪いことをしているという自覚はあった。中学生が車の運転なんてしていい訳がない。でも父親の運転をいつも見ていたし、自分にもできると思っていた。やってみたかったのだ。  悪いことをすれば罰を受ける。小さい頃からそう教えられてきた。でも、この罰、無免

S.S『ついていきます』

この作品は、きつくはないですがホラーや怪談風ショート・ショートです。苦手な方はご注意下さいね。 何度も通っているトンネル でも夜は初めて 口を開けてぼくを待ってるみたい コツコツ、コツコツ いやだな、足音が響くよ コツコツ、コツコツ ぱたぱた ひたひた 足を止めて耳を澄ます 何も聞こえない また歩く コツコツぱたぱた、コツコツひたひた 足を早める 合いの手も早まる 「だ、大丈夫。何もいる訳ないし ♪お、おばけなんてう~そさ~」 ひたひたひたひた…… 「こ、怖くない

ショート・ショート『夕日と花一輪』

「あなたの人生を変える出会いが、まもなく訪れます」  占いなんて信じてない。たまたま気が向いて占ってもらっただけ。でもこう言われたら、僕が占い師を訪ねるなんて、何か予感めいたものがあったのかな、なんて思うじゃない。しかも占い師はテレビでも活躍してる有名な人だから、期待しちゃうよね。  元々運命なんて信じてないんだ。ドラマじゃあるまいし、毎日何の余裕もなく生きてる人間に、劇的な展開なんて望むだけ無駄だから。  大それた幸運なんて望んでないよ。それは僕の手に余る。でもあくせく毎日

ショート・ショート『ご招待』

さあさあ、いらっしゃい。 どちら様も、こちらへいらっしゃい。 みなさまをご招待いたしましょう。 きっとご満足いただける幸せなご招待です。 たくさんの方々にお集まりいただけて、 わたくし、感謝の極みでございます。 さあさあ、出発の時刻が近づいておりますよ。 まだお申込みでない方は、お急ぎ下さい。 これっきりのご招待ですよ。 きっとご満足いただけると存じます。 お集まりのみなさまに一つだけ、 ご招待と申し上げながら恐縮ですが、お願いがございます。 今お持ちの思い出を全部、わた

連作ショート・ショート『鼻たれ神』第四話(最終回)

「勇の思い出」 (世の中、変わったのう)  道行く誰を見ても余裕がなさそう。せわしなく足早に、周りの景色どころか人や車にも注意しているように見えない。  鼻たれ神は道端から起き上がった。倒れていても誰も気づきもしない。気づいても無視されることが多くなった。 (世知辛いのう)  仮にも神の名を持つ自分すら生きにくい世の中。鼻たれ神は寂しかった。  夕暮れの陽を浴びながらヨロヨロと歩き、公園で水を飲んだ。少しは空腹が紛れた。ベンチに腰を下ろして杖を立てかけた。 (人間にとって神

連作ショート・ショート『鼻たれ神』第三話

 「願い事は三人」 池の中から女神が現れた。 「お前の落としたのは、この神か?」 「違います。そんなに汚くなくて、長い鼻水がたれてます」 「では、この神か?」  女神は池の中から白い貫頭衣を着て、糸のような細い目をした小男を連れてきた。 「はい。それです」 「勇よ、神に向かってそれとは何ぢゃ」 「おだまりなさい。今はこの女神が話しているのですよ。勇とやら、あなたはとても正直な青年です。褒美に二柱とも神をやろう」 「えっ! 女神様、いりませんよ」  女神は勇の言葉を無視して池

連作ショート・ショート『鼻たれ神』第二話

「大きな願い事一つ」 「誰だよ、こんな時間に」  布団に入ろうとしていた勇は、眠そうな顔で玄関に向かった。 「誰ですか?」  アパートのドアの向こうから聞き覚えのある声がした。 「おお、前にもこんなやりとりがあったのう。懐かしい声ぢゃ」 「その声は!」  勇がドアを開けると、糸のような細い目をした、白い貫頭衣を纏って杖を手にしたあの神が、鼻水を垂らしてにこやかに立っていた。 「勇、久しぶりぢゃのう。元気にしてたか?」 「久しぶりも何も、一週間で人はそんなに変わらないよ」 「

連作ショート・ショート『鼻たれ神』第一話

「願い事三つ」  何か置いてあるのだと勇は思った。電柱の陰に白いゴミ袋が置いてあるのだと。傍を通り過ぎようとすると、その何かが動き出し、 「これこれ、そこの道行く若者よ」  勇は驚いて足を止め、じっと目を凝らした。街灯の明かりの下、さっきゴミ袋だと思った物は、白い貫頭衣を纏った人のようだ。背丈は勇の半分ぐらい。恐らく1メートルないだろう。手に背丈より長い杖を持ち、表情は糸のように細い目のせいか温和に見える。髪のない頭が街灯に照らされて後光が差しているようだ。しかし長く垂れた