呪われたクラス【小説】

1999年

実家に帰ってくるのは数年ぶりだ。自分の部屋の掃除していると、段ボール箱から一冊の古びた本が出て来た。表紙には『卒業アルバム1989』と記されている。いったん部屋掃除を止めてページを捲っていった。卒アルを開いたのは久しぶりだ。東京に行ってから地元に帰ってくるのはちょうど10年ぶりになる。高校を卒業してから東京に上京した。

俺は黒山健一。28歳。田舎に生まれて田舎で育った。今は、しがないサラリーマンをしている。卒業当時は高卒でもバブルで就職先はいくらでもあった。数年して崩壊してからは悪循環が続いた。年功序列が崩壊して今の会社にどれだけ居座れるか分からない。そう思うたびに学生時代が懐かしいとより一層感じる。

一枚一枚ページを巡るごとに懐かしい思い出が蘇る。数年前の記憶が今でも鮮明に感じる。自身のクラスページを開くと見覚えるのある同級生の顔写真が目に入る。もちろん、自分自身も居る。懐かしい思い出を自分だけに留めとくのは勿体ない。リアル世界で同窓会を開こうと決意した。自分で言うのもなんだが、クラスの人気物だった。その人が幹事なら少しは集まるだろう。

一通り卒アルを見終わった。卒アルの一番後ろには全員の住所が記載されている。一枚一枚大変だが、三年の時のクラス全員にハガキを送ろう。あと、担任の先生にも送らないと。卒業当時は携帯電話など持っていなくて、連絡が取れない。好きだったあの人はどうなっているだろう。妄想だけが広がる。今、同級生は何をしているのだろう?

自分以外のクラス全員分のハガキと担任宛32枚をポストに投函した。場所は地元の居酒屋を貸し切った。ホテルにしようか迷ったが、堅苦しくないように集まりやすい場所にした。何人来るか分からないので、クラス全員が来ても大丈夫なように30席以上ある店にした。あとは当日を待つだけだ。


当日、予定していた時刻の一時間前に幹事として居酒屋に入った。

「おっケンちゃんじゃないか」

店に入るなり店長が話しかけてきた。そういえば昔、父親にこの店に連れて来られたことがあったな。その時のことを店長は未だに覚えているらしい。店長と少し会話を交わして、周りを見渡せる席に座った。畳の上にある低い机には、おしぼりや箸があらかじめ用意していた。何人くるか分からないのでヒヤヒヤする。

少しすると一人の女性が現れた。年齢は30前くらい。

「ケンちゃん?」

あっ。この声聞いたことがある。当時の声と今の彼女の声が重なる。

宮前美月。

俺の初恋の人。一番最初に来てくれたことが何よりも嬉しかった。垢が抜けて当時よりオシャレになっていた。でも、化粧が濃くないところが逆に美しい。世間では黒ギャルやルーズソックスが流行っているけど、この方が純粋に好きだ。

「久しぶり、美月」

そう言いながら横の席に案内した。少しでも近づきたい精神が出た。

「久しぶりだね〜何年ぶりかな」

「ちょうど10年ぶりだから同窓会を開きました」

馴れ馴れしさは昔と少しも変わっていない。でも、彼女のそういう所に憧れている。今も、昔も好意は変わらない。店員さんにビールを頼んだ。

「もうすぐ、予定時刻だけど誰も来てない。全員にハガキ送ったんだけどな」

「知らないの?私達以外、全員殺されたんだよ?」

「え?」

ビールグラスを落としそうになった。殺されたって?全員が?それがホントなら呪われたクラスでは無いか。上京してから誰とも連絡を取っていなかったから全然知らなかった。

「同窓会のハガキが来た時、驚いた」

そうか、彼女は知っていたのか。知らないのは俺だけか。嫌がらせと思わせたかもしれない。ニュースとか全然見ないし、同級生から電話が掛かってくることも無かった。勝手に自画自賛して頼れる存在だと思っていたけど、なんの情報も知らなかった。ひとりぼっちだった。

「何だか呪われたクラスみたいだね」

俺も同じことをさっき思った。ちょっと待てよ、俺達以外なぜ残った?なぜ俺達以外の生徒が全員殺されているのだ?映画でいうと真っ先に死ぬような存在だと思う。特別なことがあるのだろうか?

「そういえば、東京に上京したの二人だけだったよね」

東京に上京したのは彼女と俺だけだったらしい。彼女も10年ぶりに地元に帰ってきた。その他の生徒は地元に残って農家とかを継ぐのが普通だった。

「東京で何してるの?」

「今は、アパレル系。ルーズソックスとか売っている」

「俺は会社員。食品関係」

「ところで生徒の死因ってどんなの?」

居酒屋でする会話では無いと思いながら聞いてみた。聞くところによると生徒の死因は原因不明らしい。情報通だなと思っていると彼女の父親は市役所の職員ということを思い出した。死亡届けを管理する父親から聞いたのだろう。田舎だからより一層広がりやすい。話を聞いていくうちに彼女は酔ってきた。ベロンベロンになりながら思い出したかのように上司の悪口を言っている。これではお持ち帰りどころではない。必死に宥めた。

「美月は婚約者とか居ないの?」

「居ない」

「お互いフリーだね」

「親に結婚しろって言われる」

良かった居なかった。でも、彼女が幸せなら仮に婚約者が居ても悔しくはない。彼女の幸せが第一だ。俺なんかよりも大切にしてくれると思う。だから、悔しくなんかない。どうしても意地を貼ってしまうのは昔からの性格だ。

「秘密の話をしていい?」

彼女が俺に寄り添って来た。顔が近い。こんな顔が近くなる瞬間が居酒屋なんて切ない。酒臭くて思わず避けてしまいそうだ。秘密の話?

「犯人は私、クラスの男子全員殺した」

え?何を言っているんだ。酔い過ぎて頭がおかしくなったのかな?

「冗談は辞めなよ。縁起悪いよ」

「冗談じゃない!殺意を持っていたから殺してしまったの!」

「落ち着きなよ」

ついには崖から落としたとか、畑に蹴り落としたとか殺害方法を話しだした。殺した人数は17人。時々地元に戻っては殺したらしい。話を聞けば聞くほど本当のようだ。恐怖というよりショックの方が大きかった。初恋の人がこんな人なんて。でも、なぜ女子は殺してないのだろう。素朴な疑問が浮かび上がった。そして、俺を殺してないのだろう?

いいことを思い付いた。俺自身が女子を殺したことにしよう。そう演じれば俺と彼女二人が残ったのは、互いに好きだったから殺さなかったということにすればいい。そうすれば彼女は運命的だと思って付き合えるかもしれない。

「女子は殺してないの?」

「ない、知らない」

「実は、クラスの女子全員殺したんだ」

「ほんとに?」

彼女は驚いた。酔いが覚めたようだ。

「なぜ、二人だけ残ったの?」

「それはお互いに好きだったからじゃないかな」

彼女は俺の言葉に驚いて頷いた。ということは俺のことを好きだったんだ。これで二人は殺人犯。俺は嘘だけだど。互いに殺し合わなかったのは好きだったからという描いたシナリオが気味悪いくらいに着々と進んでいる。トレンディドラマみたいに着々と進んでいく。

「運命って信じる?」

こんなセリフ普通は言わない。役者になった気分だ。こんな運命は嫌だけど仕方ない。どうしても彼女と付き合いたい。だから、嘘は嫌いだけど付いた。

「好きなんでしょ?私のこと?」

え?俺を試しているのか?言葉が出てこない。その気まずさを紛らわすかのように、居酒屋のドアが開いた。

そこに立っていたのは30代半ばくらいの人。その人を見た瞬間、思い出した。担任の先生だ。桜山先生。数学担当の先生で若い担任だった。久しぶりに見ただけで、懐かしい思い出が蘇る。三年の担任をしてくれた。いろいろあったけど先生とは仲が良い。

「君たち、久しぶりだね」

「桜山先生、久しぶりです。黒山です」

「あっ!桜っち!久しぶりです」

彼女は昔から先生の呼び方が変わっていない。桜山先生だから桜っち。たまごっちが流行っているけど、時代が彼女の言い方に追いついたみたいだった。そういえば、高校二年のときに数年後にはルーズソックスが今よりも格段と流行るとも彼女は言っていた。

前の席に案内した。

「こんな時にアレ何ですが、他の生徒のことを知っていますか?」

「桜っちに失礼だよ!」

彼女はビールを先生のジョッキに注ぎながら止めに入った。確かに失礼だ。でも、他の生徒が来てない異変に真っ先に気づいて聞かれるに決まっている。知らなかったのなら尚更だ。言ってしまったのだから、今更遅い。

「知っているとも」

「桜っちは、犯人誰だと思う?」

度胸が凄い。犯人は美月自身なのに堂々と聞ける根性が欲しかった。確かにクラスの女子は誰に殺されたのか気になる。クラス関係者は残った生徒二人を除いたら担任だけだ。副担任は卒業式前夜に交通事故で亡くなったから違う。まさか先生が犯人?嫌な予感がした。

「三年の時のクラス目標覚えているか?」

「えっと、嘘を付かないでしたっけ?」

「そうだ」

二人とも黙り込んでしまった。やましいことしかない。俺が黙るのは分かるけど、彼女が黙る必要は無いと思う。

「美月、嘘を付くの辞めろ。お前らしくないぞ」

え?思わず横を振り向いた。俺じゃなくて美月の方?彼女は誰も殺していないのか?なぜ嘘を付いた?もし本当に彼女が嘘を付いているのなら、犯人は誰?彼女はうつむいたままビールを眺めている。

「健一、お前もだぞ」

先生には見透かされていた。なぜ嘘を付いたことを分かるんだろう?そもそも、会話の内容が分からないと嘘を付いていると分からないはず。つい一時間前から今現在のことなのに。それを察したかのように先生は

「机の下を見てごらん」

と言った。言われるがまま、彼女と同じタイミングで低い机の下を見た。そこには黒い機械が張り付いていた。

「これは、盗聴器?」

そうか、これで今までの会話を聞いていたのか。やられた。一杯食わされた気持ちになった。

「クラスの生徒を君たち以外殺したのは私だ」

先生が?衝撃の告白だけど、やっぱりという気持ちが少しあった。二人は盗聴器から先生の顔に目を移した。

「昨日からこっそりと仕掛けていた。君の性格から、この辺を見渡せる席に座ることは簡単に予想出来る。君は模範解答みたいな人だからね」

「車で聞いてて驚いた。美月は何故嘘を付いたんだ?」

犯人が桜山先生ということは彼女は嘘を付いていた。では、なぜ彼女は嘘を付いたのだろう。当の彼女は黙ったままだ。

「理由は分かる。美月はクラスの男子を殺したと嘘を付いた。それに乗っかった健一も同じように嘘を付く。理由を好きだったから殺さなかったにしたら二人は恋に落ちる。恋の方程式みたいだね」

二人とも、顔が赤くなった。すべて当てはまっている。俺も彼女も同じことを考えたんだ。本当に運命だ。でも、何で二人だけ残ったのだろう?先生は何故二人を殺さなかったのか。

「先生、私達をなぜ殺さなかったんですか?」

「簡単だよ。二人は東京に行ってしまったから探しようが無かった」

確かに東京に行ったのは二人だけだったな。でも、生徒全員殺す理由は何?特別やましいことはない。

「なぜ、生徒を殺したんですか?」

「副担任だよ・・・」

あっ。その言葉を聞いて思い出したくない過去を思い出した。

10年前、クラスのみんなは副担任の話をしていた。名前は小山彩。22歳。大学を卒業してから俺が通う学校に来た。そして、副担任になった。クラスのヤンキーたちは、新任の癖にいちいち注意する先生を気にいらなかったようで、恨んでいた。クラスの女子は先生の大人びた美人に嫉妬していた。クラスのほとんど皆から嫌われていた存在だった。俺は、そんなに嫌いじゃ無かった。他にも俺と同じ考えを持っている生徒は居ると思う。美月とかもそうだ。

しびれを切らしたクラスのヤンキーは車で通勤している小杉先生の車をあらかじめパンク寸前にした。そして、交差点の真ん中でパンクして、信号が代わり勢いよく突っ込んで来たトラックと衝突した。そして、死んだ。それは卒業式前夜の事であった。生徒が知ったのは卒業式当日だった。桜山先生から事件の内容を話して貰ったけど驚きは無かった。誰がやったかクラス全員分かっていたから。

「クラスのヤンキーがやったって知ってたんですね」

「卒業式の準備が終わって学校の駐車場に行くとクラスの生徒が彼女の車のタイヤに何かしていた。止めようと思ったとき、生徒は一目散に逃げた。彼女が来て車に乗って行ってしまった」

「3個下の彼女は大学の後輩だった。私は、その人のことが好きだった。両思いで私の学校に赴任して来て嬉しかった」

「君は最愛の人を亡くした苦しみが分かるか?」

口が動かない。余りの正論で返す言葉が見当たらない。だからと言ってクラスメイトを殺してはならない。どんなヤンキーだって命を授かった人間だ。確かにほぼ全員、副担任を嫌っていた。だからと言って止めるものも居なかった。俺もそのうちの一人だ。

「だからと言って人を殺していい理由にはなりません」

警察に自首するように説得した。しかし、先生は拒否した。先生は嘘を付かない。根っからの正直ものだ。

「今夜は遅くなりましたね。そろそろお開きにしましょう」

時計を見ると10:30を過ぎていた。半ば強引に同窓会を終わらせた。店員を呼んでお会計を済ませた。

「先生、今日はありがとうございました」

「二人とも、気を付けてな」

彼女と同時に頭を下げた。先生は二人とは反対の方向に行った。なんだか、後味の悪い終わり方になった。でも、これも運命だから仕方がない。そういえば飲食代を集めるの忘れていた。まっいいか。

帰り道、彼女と話しながら帰った。彼女が嘘を付いた理由はやっぱり、先生の言った通りで俺のことを好きだったからだそうだ。

このまま彼女と・・・その時、背後から頭を殴られた。そして意識が遠のいていった。必死に後ろを見ようとしたが暗くて見えなかった。彼女と同時に道端に倒れた。そして、死んだ。


机のデスクに置かれている1989年度の卒業アルバムを開いた。担任をしていたクラスページに行く。私が初めて担任をしたクラスだ。バツ印がジグソーパズルの用に埋まっている。残り最後の男女二人の顔写真に赤ペンでバツ印を付けた。


〜作者からのメッセージ〜
主人公は同窓会を開いた。幹事として同窓会を始めたことによって、このような物語の結末を迎えた。もし、卒業アルバムを発見しなかったら人生は変わっていたかもしれない。人生の分岐点はどこにあるか分からない。数ある分岐点は人生において大か小かも分からない。でも、一つだけ分かるのは運命は変えられないということ。だから、前を向いて歩くしかない。当たり前ですが、この物語はフィクションです。生徒全員を殺す話は少し無茶だと自分自身でも思う。この機会にみなさんも卒業アルバムを開いてみてはいかがでしょうか?

植田晴人
偽名。久しぶりに長文を書きました。今回は会話多めです。