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秋葉原 ミルクスタンドへの小さな冒険

遠くに行くことだけが旅ではない。
 
ほんの少し寄り道をする。
いつもはしないことをやってみる。
 
それだって立派な旅だ。
 
以前、週に1度、総武線を利用していた。
その内に、通り過ぎる秋葉原駅のホームに、牛乳やコーヒー牛乳、フルーツ牛乳、イチゴ牛乳など、牛乳瓶に入った飲料を売る、ミルクスタンドがあることに気が付いた。
 
今や飲料といえば、ペットボトルかプラスチック容器で、陳列棚や自販機に並んでいるのが当たり前だ。
しかし私が子供の頃、時々家族で出かけた地元百貨店の地下の片隅にも、小さなミルクスタンドがあった。
 
そこでフルーツ牛乳を買ってもらうのが、当時の私の、たまの楽しみだった。
その場でおばちゃんに紙の蓋を取ってもらって飲むフルーツ牛乳は、キンキンに冷えていて、持ち歩けないので一気に飲むから、その冷たさが喉にしみた。
 
それはペットボトルやプラスチック容器入りの飲料にはない冷たさとして、私の記憶に残っている。
 
10年ほど前までは、街でも時折ミルクスタンドを見かけることもあったが、地元百貨店のミルクスタンドもいつの間にかなくなっていた。
 
懐かしいミルクスタンドに立ち寄り、久しぶりに瓶入りの飲料を飲んでみたい。
毎週のようにそうは思うのだが、わざわざ用のない駅に降り、電車をやり過ごしてまで寄るということが、私にはなかなかできなかった。
 
しかしある冬の日、乾燥してすっかり喉が渇いていた私は、冷たいもので喉を潤したいという強い欲求に背中を押され、ついに秋葉原駅で途中下車した。
 
牛乳瓶に入った飲料がずらりと並ぶ懐かしい景色。
かつての地元百貨店のミルクスタンドよりも広く、品ぞろえは豊富で、一緒にパンも売られていた。
でも何味を飲むかは、最初から決まっていた。
 
子供の頃、私はフルーツ牛乳の一択だった。
だが大人になった私にとって、瓶入り飲料と言えば、あの頃はまだちょっと苦い、大人の味だったコーヒー牛乳だ。
 
しかし驚いたことに、コーヒー牛乳1つ取ってもいろいろな種類が並んでいる。
とりあえず明治を選んだら、店員さんに「ホットもあるけど?」と言われて驚いた。ホットの瓶入り飲料なんて飲んだことがない。
 
とても気になったが、とにかく喉が渇いていたので冷たい方を選んだ。
 
そう、これだ。
久しぶりに店頭でぐびっと飲んだコーヒー牛乳は、自分が大人になったせいなのか、ちょっと甘かったけど、喉ごしは最高だった。
 
飲み終わって、あっという間に、私は次の列車に乗り込んだ。
また来よう。
次はホットにしようか、それとも懐かしいフルーツ牛乳にしようか。
 
しかしそのあとすぐに、週に1度の総武線利用は、突如として終わりを告げた。
それ以来、私は1度も秋葉原駅のミルクスタンドには行っていない。
 
たった1本電車をやり過ごしただけの、小さな寄り道だった。

でもそれは、私にとっては紛れもなく冒険で、そして忘れられない小さな旅なのです。
 
 

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