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プロクラブに恋して ①

パーキングブロックに沈む後輪を、みぞおちに感じて車を停めた。名刺入れを胸に封筒片手に。ルームミラー越しにアイビーグリーンの自転車が映る。

2回ノックして会社名を告げると「どうぞ」とくぐもった声。「失礼します」来客用スリッパに体を浮かせて事務所内へ。カウンタの向こうで事務の女性がモニタから半身ずらしてこちらを見つめている。

「請求書をお持ちしました。遅れてすいません」

立ち上がって会釈をする彼女。「大丈夫です。確認しますね」封筒を受け取り、中身を広げて敷いてフロストピンクのDr.Gripで確認箇所を点々と叩いていく。

「暑くて自転車は大変でしょう」

チェックが終わるタイミングを見計らって話しかけた。彼女の愛車がアイビーグリーンの自転車だということを僕は知っていた(通勤中の姿を見かけたことがあるのだ)

「そうなんです」彼女は手を止めて、上目で僕に向いた。「朝から本当に暑くて。事務所の中は寒いくらいですけど」紺色のカーディガンが細身の彼女を儚げに感じさせる。一見冷たい表情の彼女が話し出すと柔らかな笑顔に溶け出す様がとても可愛らしい。

早めに郵送すれば済む請求書を、締め切り間際に慌てて持ってきた体を装うのは彼女と話すきっかけを求めての算段だった。幸い、今事務所にいるのは彼女だけ。多少世間話をしていても、他の社員に妙な顔をされる心配はない。

「あっ」請求書に視線を戻した彼女が声をとがらせた「間違っています」。一部の表記が正式名称ではなく、略称で書かれているため処理が通らないという。「正式名称が載っている書類を印刷しますね」

モニタに戻ってマウスを捌く彼女。「あれ」今度は困惑した声。「補足を書き加えようとしたら入力がおかしくて。少しお待ち下さい」打ち直してみるも彼女の表情は浮かない。

「ちょっと見てもいいですか」彼女が了解したので失礼してモニタの前に腰を落とした。「かな入力になってますね」ALT+[カタカナひらがな]キーで切り替えられることを説明。彼女は面目ないという顔をしてお礼を述べた。僕は彼女の役に立てたことが嬉しくて、立場を忘れて相好を崩しそうになる。

モニタには付箋紙が所狭しと貼り付けられていた。業務メモ、取引先の番号、ゆがんだウサギの絵。そんな中、気になる文字を見つけて目を留めた。

スキルムーブ★★★★★
 ロールフリック     
  Rホールド←フリック↑
 ラボーナフェイク
  L2+〇か■の直後 X+L
 アドバンスレインボウ  
  Rフリック↓ホールド↑フリック↑
 ロールフェイク
  Rホールド←の直後Rフリック→
 ドラッグバックソンブレロ
  L1+R1+Lフリック下の直後R3

僕の目線に気づいた彼女は恥ずかしそうに手を左右に振った。「気にしないでください。趣味のメモなので」

「これ、FIFAですよね?」手を止める彼女。
「ご存じなんですか?」僕は頷いた。
「プロクラブやっています」
「そうでしたか!私、サッカーゲームが大好きで」

彼女は鼻先で両手を合わせて、花のような笑顔になった。「暇なときに脳内スキルムーブをしているんです」所長には内緒で、と言って小さく舌を出す。

取引先の事務員さんが、まさかのFIFA好き。(しかもドリブラー気質)

その後は、他の社員が帰社するまでFIFA話で盛り上がった。プロクラブに興味はあるけれど、クラブチームには入っていないという。そこで今度一緒にプレイする約束まで取り付けた。

これが狂気のドリブラー”青い稲妻”アヤマールとのはじまりだった。浮くような気持ちで、僕は事務所を後にした。
(続く)


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世界初(?)のプロクラブ小説。
昔書いたショートショートをFIFAバージョンで焼き直し。完全フィクション(妄想)なので、このような事務員さんを見たことはまだない(笑

プロクラブとは、FIFAというサッカーゲーム内で、選手の一人となりチームを組んでプレイできるモードの呼称。界隈の方に刺さるといいな。

いつも遊んでくれるメンバーに感謝を込めて。