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【ショートストーリー】お姉ちゃん

 春は蝶々を捕まえて、夏は虫網で蝉やバッタを捕まえて、秋はコオロギを捕まえて虫ケースに土を入れて玄関に置いてコオロギの音色を子供心に楽しんでいた。
 近くに同じくらいの子供がいなかったから。
 幼稚園に通いたかったのに、引っ越して来たのが4月も過ぎていて入園をのがしてしまったらしい。だから友達は自然に住む生き物たちだ。でもこちらが何をしても痛いだの、どうだ?とも、当たり前だけれど喋ってはくれない。
 妹がほしかった。
 たまに、日曜日になると母の妹が家に来ていた。 息子を連れて。いわゆる、いとこ。年下の。小太りで何考えているかわからない、冴えない感じだった。なのであまり可愛がってあげたことがなかった。

 紫色の空から夜の空に変わって、電灯がつき始めた。ソメイヨシノの桜の花びらが、風が吹くと横に流れるように散っていく。その近くで八重桜の枝は、満開の花を重たそうにのばしている。実家に近いバス停で、バスから降りると、自分の服に桜の花びらがくっついた。
 もう、母はこの桜を見ることはなかった。
 降りた、バスはそんな自分の横を通り過ぎていく。
 そんな時、
「お姉ちゃん」えっ?微かに聞こえた。
でも私に、じゃないよね。
「誰か、きみを呼んだ気がする」隣の彼が周りを見て言った。
「あっ。あのバスの近くに」彼の指さす方を向くと、道路を挟んで向こうから来たバスの前で笑顔で手を振ってそれからバスに乗って、バスは発車してしまった。
 あの、いとこだ。懐かしかった。もう何年も会っていなかった。おそらく私の実家に行った帰りだったに違いない。
「お姉ちゃん」そう呼ばれた時にあの時が蘇る。もっと優しく接してあげれば良かった。もっと一緒に遊んであげれば良かった。
 戻らない過去のように、いとこの乗ったバスは過ぎ去ってしまった。

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