今年も待ってるよ。
ワクワクしていた。以前からの「夢」と言っては大袈裟だけど、やってみたいことの上位にあったことが叶おうとしていた。
それは我が家のベランダから蝶を巣立たせること。
ベランダのレモンの鉢には小さな青虫が一匹。美味しそうに葉っぱをわしわしと食べて、コロコロとまあるいうんこをこぼしている。
ああ、可愛い。
葉のカーブに沿って頭ごと動かし、見えないくらいの小さな口でシャクシャクひたすらに葉っぱを食べていく姿。
それは乳児がおっぱいにむしゃぶりつき、無心でごくごくと乳を飲む姿と重なる。可愛い。
小さな緑色のまん丸うんこすら愛おしい。
何より手がかからない。おっぱいの代わりに、レモンの木に水を与えるだけで良い。オムツは要らない。うんこはそのまま放置。
うちに来てくれてありがとう。お迎えできて本当によかった。
見ていると自然に笑みが溢れて話しかけている。
以前からうちのベランダで青虫を飼いたかった私。レモンの木を手に入れたのはいいけれど、どうすればそこに蝶が卵を産んでくれるのか分からず、ただ待つのみ。
1年、2年が過ぎたある日。知り合いの家であの子を発見した。まだ生まれたばかりの幼虫が、レモンの鉢に。
「わー、可愛い!可愛い!」
喜んで見つめる私にその人は、
「え?これ好きなの?鉢ごと持っていっていいよ。いつも虫が付いて嫌だったのよ。」と、構え良くレモンの木ごと私に譲ってくれた。
こんなラッキーある?ずっと待っていた子が目の前に。連れて帰れる。
車の中で、落ちないように、用心して我が家までお連れしたあの日のことは忘れられない。
それから毎日姿を眺めるのが日課になっていた。
我が家にお迎えした時はまだ鳥の糞なような見た目で1cmもないくらい。
それが日毎に大きくなり、体つきが青虫に近づいて来た。そしてすぐにあの幼虫といえばコレ、青虫といえばコレの緑色に変身。
目の覚めるように鮮やかな緑。
頭の上に派手なカチューシャをつけたような模様。
カチューシャの両端には大きな目のような模様。これでみんなをドキッとさせる。本物の目は先っちょの狭ーいところに点々と付いている。
首から背中にかけての黒い筋もカッコいい。
ウネウネ動く足(?)の部分にはヒダのような真っ白な装飾。
こんなデザイン、どうやってできたのか。不思議で素敵、としみじみ思う。
私は毎日ベランダに出てレモンに水を与えては、青虫に見惚れていた。
そのうちレモンの葉もほぼ食べ尽くされ、青虫は大きくなり、少し目立つようになって来た。夫の妹に「コレ、鳥に食べられちゃいそうだね。」と言われた。
え?そんなこと考えてなかったけど。そうか、鳥に見つかったらご馳走なんだろうな。なんとか蛹になってね。鳥のご飯になる前に。
そんなある日。事件は起きてしまった。
ベランダに出ると、床に大きな緑色のシミが!え!?
青虫を探すとどこにもいない!!えー!?鳥に見つかって食べられた!?
マジか、、、。
ひととき、悲しみに暮れた。
鳥除け対策をしなかった私のバカ。幸せな日々は数日で終わってしまった。
ふと思いたち、検索してみた。「アゲハ 幼虫 緑色液体」
すると、私と同じように困惑した飼い主さんの質問とその回答があった。
どうやら、幼虫は蛹になる直前に体の余分な水分を排出してから、蛹になるのに適切な場所を探して移動するらしい。
よ か っ た ー
あの子、生きてる(涙)
蝶になって我が家から旅立つ予定が、少し、いやだいぶ早まってしまったが、何処かで立派な蛹になっていることを想像して、寂しいながらも安心したのである。
そしてなんと、次の年。
うちのレモンの木の近くを飛び回っているアゲハ蝶を発見。
きっとあの子だ。私にはわかる。
今までベランダでアゲハを見たことがなかったのに、今年は来てくれた。あの子が里帰りしてくれたんだ!
(後に、アゲハ蝶は成虫になってから2週間しか生きられないことを知る)
うん、まあいいでしょう。
しばらくしてから、葉っぱの上にあの小さな鳥の糞ちゃんを見つけた。
あの子じゃないけど、ついにうちのレモンの木に卵を産んでくれた。
今度こそ、蝶になるまで見届けたいと思った私は、幼虫が緑色に変身したのちに、レモンの木の周りを支柱とガーゼで覆った。
二代目ちゃんは少し窮屈そうに、狭い空間で蛹になって、結果、私は蝶になるまでを見届けることができた。
はじめは弱々しく止まっていたその子が飛び立つのを見送り、喜びと感動もあったのだけど、少し胸がチクッともした。
こういうことがしたかったのかなあ。 違うなあ。
うちのレモン、口コミで評判がいいのか、それからはほぼ毎年幼虫に会うことができた。毎年幼虫の状態でサヨナラしている。
今年もレモンの葉っぱは沢山茂っている。いつでも来ていいよ。
待ってるよ。
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