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9年前の手紙~友からの便り

9年前、故郷に住む友人から手紙が届いた。正確にはメールだったけれど、私はそれを手紙として託された。
当時、私はネットでブログを書いていた。狭い範囲の公開制限を設けたその場所で、日々のあれこれを綴っていた。そのことを知っていた友人は、この手紙をそこで広めて欲しいと私に連絡してきた。

東日本大震災が起きてから、およそ2週間ほどが経った頃のことだった。

被災地域以外にお住まいの皆さん。

お願いがあります。
どうか、沢山笑ってください。
環境が許すなら、きちんと食べて、睡眠を取ってください。食べること、笑うこと、幸せを感じることに、罪悪感を持たないでください。
被災地域を決めたのは、あなた達ではない。自然の脅威が決めたことです。
私達が窮地に立たされているのは、あなた達のせいではない。私達を心配する余り、あなた達が心を痛めてしまうこと。それは、とても悲しいことです。
節水、節電、物資やガソリンの節約。ご協力、本当にありがとうございます。
でも、お願いです。
”幸せ”は節約しないでください
沢山の悲しみで、「陰」の気に溢れている東日本に、どうか「陽」の気を沢山流してください。
私達被災者は、あなた達の”不幸”など、これっぽっちも望んではいません
どうか、笑ってください。そうしたら、一緒に笑い合える日が、必ず来ます。


私の故郷は、東北の小さな港町だ。詳しい地名は書けない。

9年前の今日、たくさんの人が海に飲み込まれた。街は破壊され、思い出の場所は瓦礫の山で埋もれた。私が大切な人と時間を重ねた河川敷も漁港も、全て。

その場所で、彼女は毎日必死に動き回っていた。辛かったはずだ。どれほど泣いたか、どれほど苦しかったか、想像するだけで息が詰まる。そんななか、送られてきた手紙。そこには、「笑ってください」と書かれていた。


辛い人がいる。苦しんでいる人がいる。そこに手を差し伸べたい、出来ることを全力でしたいと願うのは自然なことだろう。ただ、そのときに忘れてはならないことがある。


哀しみ、苦しみ、憎しみ。そういうものに飲み込まれてはいけない。共に深く沈み込んでしまったら、その腕を引き上げることすら叶わない。


まだまだ復興途中の場所もある。仮説住宅での暮らしを続けている人たちもいる。それでも、年の暮れに訪れた故郷の河川敷は、20年前と変わらぬ景色に戻っていた。港にほど近い商店街に新しいお店も出来ていた。海の色は、相変わらず深い緑色だった。

哀しみに飲み込まれずに手足を動かし続けてくれた人たちがいた。何年も何年も、街の復興の為に働き続けてくれた人たちがいた。


あのとき、テレビ画面の向こう側で泣き叫んでいた少女は、立派な大学生になっていた。家族を喪った友人は、自分の店を構えた。家が流された同級生は、両親の為にと新しい家を建てた。

未だ立ち上がれずに涙に暮れる人たちもいる。当然だろう。それだけの喪失だった。それだけの痛みだった。だからこれは、どっちが立派だとか正しいとかの話ではない。

一つ言えるのは、被災していない人たちが同じ哀しみの淵で座り込んでいても、何も変わらないという事実だ。


哀しんでいる人を見ると、自分が笑うことに罪悪感を持ってしまう。辛い思いをしている人がいると、人生を楽しむことが後ろめたく感じてしまう。焦燥感に駆られて身体中に力を入れて、寝る間も惜しんで頭をフル回転させて物事に当たってしまう。そういうとき、大抵顔は強張っている。気が付くと肩はガチガチになり、噛みしめた奥歯は鈍く痛む。

私が同じ痛みを感じることなど、「タスケテ」と言ってくれた側は望んでいるはずがないのに。


9年前に託された、友からの手紙。最近は全く動かしていないブログの片隅で、彼女の言葉はひっそりと眠っていた。


「少しでも多くの人に届けて欲しい」

そう託されたのに、閉じた場所でしか書いていなかった当時の私は、数人にしか届けることが出来なかった。

9年も遅れてしまったけれど、今ならあの頃よりはたくさんの人に届けることが出来るだろう。


読んで欲しい。そして、伝えて欲しい。

震災にしても、他のあらゆる災難にしても、当事者たちが望んでいるのは他者の不幸ではない。”助けて欲しい”という願いは、共に不幸せになれ、という意味ではないのだ。

笑っていて欲しい。幸せであって欲しい。
そのエネルギーは、きっとこの世界を元気にする。


息苦しい日々が続いていた。肩が強張って上手く笑えない毎日だった。ようやく、”笑ってもいいんだ”と思えた。


今も昔も、私は文章に生かされている。直接手渡してもらう言葉と同じくらい、ふいに出会えた文章に救われる。

書くことは生きること。読むこともまた、私の生命線に繋がっている。


今日は、海に向かって手を合わせる。心を込めて、友たちの魂が安らかであるようにと祈る。

そのあとは、ちゃんと笑おう。あったかいものを食べて、子どもたちを抱きしめよう。

そんな私を、友人たちも空から見守ってくれるような気がするから。



最後まで読んで頂き、本当にありがとうございます。 頂いたサポートは、今後の作品作りの為に使わせて頂きます。 私の作品が少しでもあなたの心に痕を残してくれたなら、こんなにも嬉しいことはありません。