【手離せないもの。忘れたいもの】
それはそれは、きれいな猫だった。暗闇のなかをしとしとと歩く白毛、ところどころに浮かぶ黒いまだら模様、うっすらと光る瞳。野良猫なのか、散歩中の飼い猫なのか、どちらかはわからない。
小柄な身体を静かに揺らし、急ぐでも止まるでもなく、その猫は公園の脇道を歩いていた。私たちはほんの数秒、たしかに見つめあった。先に目を逸らしたのは、私のほうだった。懐かれたとて、連れ帰るわけにはいかない。ペット可の物件でないのはもちろんのこと、私自身が重度の猫アレルギーである。
すきなのに身体が受けつけない。その理不尽さに軽い苛立ちを覚えながら、私は猫に背を向けた。曲がり角まで来たところで、一度だけ振り向いた。猫の姿はもう、何処にもなかった。
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