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【ぬるくなったココアと、春風と】

 時々、無性に焦がれる。ほしくてほしくて溜まらないのに永遠に手に入らないものを、ただじっと眺めている。羨望は容易く嫉妬に変わり、内部でぐつぐつと煮詰めたそれはいつしか鋭い棘になる。無意識のうちに外側へ切っ先を向けている自分に、誰よりも自分が苛立っていた。
 誰のことも傷つけずに生きられる人などいない。そんなのはとうの昔にわかっている。それでも、できる限り自分の手を汚したくないと思う。それは”やさしさ”などという温かなものではなく、むしろ自己愛に近い。傷ついた顔を見たくない。悲しげに下がった眉も、無理やり笑う口元も、薄く張った瞳の膜も、その滴をこぼすまいと力を入れる眉間も、どれもあまりに苦しい。そういう顔をさせたという事実を受け入れたくなくて、必死に見ないふりをする。目に入らないものが「ない」ことにはならないのに、そんなしょうもない逃げ方で幾度となく自分を守ってきた。

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