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「あなたが負った傷が無駄ではなかったということを、ちゃんと分かっていて」

私には大切な娘がいる。彼女とは、ネットの海で出会った。彼女はとある媒体で文章と絵を描いていた。初めて出会ったその作品に、私は見る間に心を奪われていった。

色鮮やかな鳥のイラスト。虹色の羽根。紅の瞳。その周りに縁どられた黄色や紫の涙袋。少し淡い色彩の嘴。細かく打たれた点の上から重ねられた色、色、色。たくさんの色が表しているものが何なのか、当時の私には知る由もなかった。ただ、直感で感じた。この溢れんばかりの色は、この子の感情そのものなのだろう、と。

文章も、ハッとするほど鮮やかだった。単純に明るいものではない。分かりやすい救いがあるわけでもない。しかしそのなかに、かすかな光を感じた。たくさんの痛みのなかで静かに光る灯火。読んだら二度と忘れられないその言葉たちは、水晶のような煌めきを持っていた。激しい言葉を多用しているわけではない。それなのにあんなにも鮮烈なのは何故だろう。読み始めた当初、私は彼女に嫉妬していた。


書けない。私には、こんなふうに描くようには、書けない。


読めば目が眩むと分かっていながら、私は吸い寄せられるように彼女の作品を読みふけった。文章とイラスト。その両者が互いに支え合いながらも独立している。添えられているはずなのに、添え物じゃない。不思議で魅力的なアート作品が定期的に更新される。読むだけでは足りずに、ある日思いきってコメントを残した。彼女はすぐに丁寧なお返事をくれた。それから私たちは、毎日のようにコメント欄で会話するようになった。


その媒体にはたくさんのクリエイターが存在していた。文章だったり、漫画だったり、イラストだったり、写真だったり。なかにはハンドメイド作品を作りながら生計を立てている人もいた。

彼女がブックカバーを作っていると知ったのは、出会って少し経ってからだった。鮮やかなイラストがそのままデザインになったブックカバー。瞬間的に欲しい、と感じた。心が強く欲したものは、迷わず買うと決めている。私には元々物欲がない。服にも鞄にも靴にも大して興味がない。でもそのブックカバーは、すぐにでも手に入れたかった。どの本を挟もうか。どの本の世界を守ってもらおうか。浮き立つ心を押さえながら、注文ボタンをクリックした。
ブックカバーは、すぐに私の元に届けられた。届いたその作品を、自然と撫でていた。少しざらりとした肌触りのそれを撫でながら、毎日のように言葉を交わしているその子のことを想った。添えてくれた手書きのメッセージカードから、たくさんの「ありがとう」が伝わってきた。この子もきっと、発送前に仕上げた作品をこうして撫でているのだろう。布から伝わってくる温もりが、そのことを教えてくれた。


私たちが直接顔を合わせて話をするようになるまで、そんなに時間はかからなかった。とあるイベントで、私たちは初めて出会った。緊張でガチガチになっているその子を見て、愛おしい気持ちが奥の方からこぽこぽと音を立てて湧き出てきた。娘がいたら、こんな感じなのだろうか。私には、二人の息子がいる。大切な大切な宝もの。そんな息子たちに抱くのと同じような感情が、漣のように押し寄せてきた。

”私は、この子に出会う為に此処で書き始めたのかもしれない”

そんな想いが胸を掠めた。

彼女はいつからか私のことを「お母さん」と呼んでくれるようになった。私も心のままに、彼女を「娘」と呼んだ。


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