【繊細にして大胆な君の瞬発力に鍛えられた、懐かしい日々】
先日、こんなツイートをした。
「ターザンかスティッチの話にしか聞こえない!笑」という、ありがたい褒め言葉を頂いた。死ぬほど大変だった日々も、喉元過ぎてしまえばこんなにも面白いネタになる。つくづく、息子に感謝である。
今日はこの中の、【田んぼにダイブ】についての思い出話をしようと思う。
◇◇◇
長男が3歳の頃、田んぼの畦道をいつものように裸足でお散歩していた。彼はいつも裸足だった。靴や靴下は彼にとっては邪魔でしかなかったらしい。それなのに、指の爪に泥が入ることはとても嫌がった。
【繊細にして大胆】
私の中の長男のキャッチコピーだ。
正直なところ、裸足が良いと言い張るくせに泥が入ると文句を言う彼に対して、「いや、知らねーよ……」と心の中で何度も呟いた。
ミジンコみたいな理性を総動員して、何とか脳内で語変換して言葉にする。
「靴履けばいいじゃん……」
ぶつぶつ言いながら進む親子。そんな二人の前にひょいと現れた、おんぶバッタ。大きなメスが小さなオスをおんぶしている。
「捕まえて!!」
長男が叫ぶ。いつものことだから動じることもなく、さっと捕まえて両の掌を丸くおにぎりの形にする。空洞の中に確かに生き物がうごめく感覚を確かめてから、長男の方を振り返った。「捕まえたよー」と言いながら。
しかしその瞬間、私はせっかく捕まえたおんぶバッタを逃がしてしまった。両手でおにぎりの形を作っている場合ではなかったからだ。振り返った先にすでに息子の姿はなかった。数メートル離れたところで、満足気な顔をしながら別の遊びに興じていたのだ。
そう。田んぼのど真ん中で。
自慢ではないが、私の息子は足が速い。スタートダッシュがめちゃくちゃ速い。田んぼの中でもダッシュ出来るんだなぁ……すげぇ、と思った。一瞬背中を向けたその隙に、あんなところまで行けるなんて。
そしてその後、ふと我に返った。
いや待って。この田んぼ、近所の田中さんちの田んぼじゃん。だめじゃん……。勝手に人様の田んぼに入ったらだめじゃん。
「戻ってきなさい!」
祈りながら叫んでみた。彼の性格を分かっていたから、そんなの無駄だと知っていたけれど。それでも、頑張って叫んでみた。
無駄だった。想定内である。彼は田んぼのど真ん中で、その泥に腕を突っ込むのに忙しいのだ。母の怒声など一つも耳に入らない。
諦めて靴と靴下を脱ぎ、田んぼに足を踏み入れた。ずぶりと沈み込む足。指と指の間で、泥がうごめく。どう頑張ってもゆっくりしか進めない。息子の瞬発力は一体どうなっているのだろう。
ようやく追い付いた息子に、田んぼのど真ん中で叱責した。
「人様の田んぼに勝手に入ったらダメ!!」
幸いにも田植え前の田んぼで、水張りがされているだけの状態だった。しかし、そういう問題ではない。平らにならされたはずのものを足跡をつけて踏み荒らして良いわけがないし、そもそも人様の土地なのだ。そのへんの事情を説明して、嫌がる息子を抱き抱えて田んぼから畦道に戻る。嫌がっているわけだから、当然暴れる。泥だらけの足がバタバタと宙を舞う。私の上半身と顔も、もれなく泥だらけだ。
田んぼの持ち主の田中さんが丁度庭の畑に出ていたので、事情を説明して頭を下げた。優しい田中さんは大爆笑して、泥だらけの私たちに「風呂入ってけ」と言ってくれた。お気持ちだけありがたく頂き、丁重にお断りしてもう一度謝罪と感謝を述べて自宅に帰った。
家に着く頃には長男の気も済んでいて、ケロリとした顔をしていた。そして、玄関先で彼はいつもの台詞を口にした。
「お母さん、足の爪に泥がいっぱい入っちゃった!!」
私は未だに思う。母親としてどうかとか、そういうことを少しは思わなくもないけれど。この日ばかりは、この台詞を叫んだ自分を許してあげたい。いやむしろ、こんなもので済んだ自分を心底褒め称えてあげたい。
「いや、知らねーよ!!」
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