岩波明『発達障害』(文藝春秋、2017年)

■要約

大人の発達障害について歴史的過程や実証データ、具体的人物例を多く参考に書かれた本書。
主に紹介されるのは、発達障害の代表ともいえる、ASD(自閉症スペクトラム)ADHDの2つ。

現代の発達障害について、犯罪報道が過熱したことなどもあり、一般人の間でも非常に認知されたものであるといえる。その一方でそれが正しく理解されているとはいえない現状があると指摘される。
しかも一般人だけでなく、専門家あるいは精神科医師でも診断を誤る。正しくその概念を把握している人は限られている。これまで福祉や医療で扱われてきた発達障害は重度なものに限られていたため、近年の大人になって発覚する発達障害は治療の対象とされていなかったためだ。
それが発達障害の問題をより深刻化させている

本書ではこうした背景を踏まえ、一般人が正しく発達障害について理解することを促す内容となっている。

発達障害の問題をややこしくしているのが、これは疾患の総称であり個別の疾患(ASDやADHDなど)ではないことだ。更にその呼び方が時代とともに変遷している。

現在の精神科の診断基準でもっともよく用いられるのはDSM(精神疾患の診断・統計マニュアル)であり、現在は第5版(DSM-5)が刊行されており、本書はこれに基づいた用語を使用している。

このDSM-5ではアスペルガー症候群の用語は使用されなくなり、ASD(自閉症スペクトラム障害)の一部に変更された。このASDは以前の診断基準の広汎性発達障害とほぼ同義である。ちなみにスペクトラムとは連続体という意味であり、重症から軽症までさまざまなレベルの状態の人が広汎に分布しているという意味になる。

そして発達障害は生まれつきのものであり、成人になってから発症するものではない。

○ASD


ASDは「対人関係の持続的な欠陥」と「限定され反復的な行動、興味、活動」を主な症状とする。つまり対人関係の障害と強いこだわりである。

ASDは家族内での発症率は高く遺伝的要因があるとされている。長い間自閉症の原因は親の養育の失敗であるとされてきたが、これは明確に否定されている。また、ASDの小児期の脳容積が定型発達児より有意に増大していることが報告されている。

ASDの行動特性を説明する有力な仮説として「心の理論」があり、それは「他人の考えを推察する能力」がASDにおいては障害があるというのである。
伝統的な課題として「サリー・アン課題」があるが、知能の高いASDはこの課題を突破するものがおり、近年ではアイトラッカーという医療機器による視線計測を用いて、非言語的な手段で心の理論を検証する研究が行われている。

自閉症の研究の歴史としては1943年に児童精神科医レオ・カナーによって発表された論文が出発点とされる。
彼は11例の症例をあげ、これを「早期幼児自閉症」と命名・定義した。彼はその原因を養育環境に求め、これは長く引き継がれるが、最終的には否定されている。
そしてこの翌年ハンス・アスペルガーはカナーの定義と異なる一群を報告した。カナーが知的遅れを定義として上げているが、アスペルガーの報告では遅れがないが強いこだわりがあったり常識に欠けるという症例を特徴とした。彼はこうした症状を「自閉性精神病質」と呼んだが、これがアスペルガー症候群の概念の出発点となった。

その後、精神科医ローナ・ウィングが1980年代にASD(自閉症スペクトラム障害)の概念を提唱し、そこにアスペルガー症候群を組み入れた。
彼女は精神遅滞のない社会性の障害のみの患者をASDの範疇に組み入れたが、これが診断の幅を大きく広げ、そして過剰診断へと導くものとなった。

ASDはDSM-4、DSM-5の基準の要点において「対人関係の障害」に加え「常同的・反復的な行動パターン」を必要とする。しかし実際には後者が十分に検討されていないケースが見られる。

ASDの対人関係の障害は、「不安や恐怖感によるもの」というより「他者への関心の希薄さ」によるものが大きい。

ASDの出現頻度は1000人に5人または1%は存在するという報告がある。

○ADHD


ADHDは「多動・衝動性」と「不注意」を主な症状とする疾患であり、落ち着きの無さと注意・集中力の障害がよくみられる。小児期において総人口の5%〜10%におよぶという報告があり、ASDの10倍の数がいるとされる。
その「不注意・集中力の障害」はおとなになっても持続し、働き始めてから不適応を自覚し、病院を受診して発覚するケースが多い。
しかしADHDはこれまでの医学上、重大な疾患として扱われてこなかった歴史がある。理由は2つあり、一つは脳の損傷が原因であると考えられてきて、「シンプル」が故に研究の対象としてあまり扱われてこなかったこと。
かつて「微細脳機能障害(MBD)」と呼ばれていて、出産時の脳炎などのダメージによるものとされていた。だがこれは近年誤りであるとされ、ノルアドレナリンなどの脳内神経伝達物質の機能障害が原因であるとされるが、仮説の域を超えていない。
もう一つはADHDが子供の病気であるとみなされてきたことがあり、成人の患者については目を向けられてこなかったことである。

ASDとADHDは別々の病気とされているが、実際は数多くの共通点をもっていることが明らかになっており、これらの病気への考え方の大きな変更が求められている。

ADHDは症状としてまず不注意が挙げられる。「注意集中できない」「持続に問題がある」などである。「持続性」が問題となるが、他にも注意の「分配性」や対象の「転換性」に問題がある事が多い。

本来は人懐っこい性格だが、その症状のために思春期以降に人間関係に問題を抱え、対人能力に支障をきたすケースが見られる。本人は真面目にやっているつもりでも、ミスを繰り返すことで上司から「真面目にやっているのか」と叱責され、関係が悪化する原因となりやすい。

ただし本人が興味のある分野に特異な集中力を発揮するケースがあり、デザイナーやイラストレーターとして活躍するADHDの人は多い。

もう一つの主要な症状として「多動・衝動性」がある。多動は大人になると目に見える症状は収まるケースが一般的だが、内的な緊張が見られることが認められる。また、衝動性に関しては爆発的な行動やイライラしやすいことが多い。

ADHDは児童期に5%〜10%、成人期ではおおよそ3%〜5%いると考えられる。

ADHDは他の疾患を併存する場合が多い。2006年のロバート・ケスラーによる大規模調査(National Comorbidity Survey Replication)によると、ADHDの47%が不安障害(パニック障害など)、38%が気分障害(鬱など)、15%が物質使用障害(薬物依存など)が併存していた。他の研究においてもADHDにおいて気分障害が併存している場合が多く25%〜50%程度とする結果が多い。

逆に気分障害などの患者がADHDである可能性も十分にある。
ADHDは感情的になりやすく、そこが気分障害と類似する面があるため、気分障害患者が投薬で効果が見られない場合、背後にADHDが隠れていないかを検討することが必要となる。

○ASDとADHDの共通点と相違点

ASDは「対人関係の障害」と「常同行動」、ADHDは「不注意」と「多動・衝動性」を症状としており、一見全く異なった障害に思える。DSM-5の診断基準はまったく異なっている。だが、実際の診療場面において、両者の症状は似ていることが多い。ASDの対人関係の障害についても、ADHDにおいてその不注意などの症状から周りの人間関係を悪化させ、障害を覚える患者もいるからだ。そのため両者を区別するのは「常同行動(こだわり)」のほうだと思われる。

AQ(自閉症研究者であるバロン=コーエンが作製した50項目の評価スケールで、50点中33点以上であるとASDであることが多い)と、CAARスクリーニング版(米国の心理学者であるキース・コナーズによって作製された評価スケールで、不注意と多動・衝動症状をそれぞれ評価することができる)をそれぞれ病院患者に検査したところ、AQの値は、ASDで高得点、健常者は低得点、そしてADHDはその中間、またCAARスクリーニング版の値ではADHDが高得点で、健常者が低得点、そしてASDではその中間点を表す。
その結果から、ASDとADHDは表面上、かなり症状として似ているといえる。

実際、ASDと紹介された患者がADHDであることが多い。一方でその逆は珍しい。「対人関係の障害」からASDと診断されたが、その症状をもってASDと決めつける風潮があるためだ。実際はADHDでも、その「不注意」などの症状が原因となって発症しうる障害である。

ADHDとASDの問題行動に関して、見かけ上類似していることが多々ある。両者は会社の日報などを忘れることがある。ADHDは不注意によって、一方のASDはその意義を重要だと考えないことによるものだ。

両者はかつて、併存することはないと考えられていたが、現代ではむしろ両方の症状を併せ持つケースが多数見られることが知られている。それが真の併存であるか、見かけ上の類似かの判別は難しく慎重に検討する必要がある。

○映像記憶、共感覚、学習障害

ADHDやASDに伴って、特異な症状がみられることがある。

一つはサヴァン症候群で、発達障害や知的障害をもつ人の中で、突出した、ときには天才的な才能をもつ一群である。「才能の小島」と呼ぶことがある。
驚異的な記憶力を持つ人の実例を見て、英国の小児科医ジョン・ラングドン・ダウンは「イディオ・サヴァン(白痴の天才)」という概念を提唱した。
サヴァン症候群は先天的な脳機能障害に伴うものであるが、古典的な自閉症に伴うケースが多い。自閉症児の10%にサヴァン症候群が確認された報告もある。
歴史の流れとともにサヴァン症候群の定義は変遷しており、以前では何らかの知的障害や脳障害を伴うケースが大多数であったが、近年の研究では軽症の自閉症にも見られる報告があげられている。

サヴァン症候群は多くの場合その特徴として①並外れた記憶力②脳の右半球と関連の深い能力(一方で左半球に関連深い言語能力といった認知能力には障害が共存する)③ASDとの関連が深く、その常同性を伴う事が多い④特定の限られた分野に偏在し、多くは機械的・局所的な能力である。大抵は計算や記憶力で、コミュニケーション能力などの社会的認知領域で出現することはほとんどみられない。

またサヴァン症候群は多くの場合、先天的なものであるが、後天的に発生した事例も見受けられる。

サヴァン症候群の原因としては、現在有力説として「中枢コヒーレンス低下仮説」が挙げられており、総合的な情報処理能力が低下する代わりに、局所的な処理能力が亢進するというものであるが、仮説の域を超えておらず、さらなる検証が待たれる。

共感覚(シネステジア)は「外部からの刺激に対して通常の感覚だけでなく、異なる種類の感覚も同時に生じる現象」と定義される。「文字に色を感じる」「音に色を感じる」「形に味を感じる」などの現象が確認されている。
研究書に、シネステジア研究第一人者のリチャード・E・シトーウィッグ博士による『水曜日はインディゴブルー』が存在し、実際の症状や臨床的な特徴が詳細に解説されている。現象の発現率は20人に1人や、2000人に1人、2万に1人など、様々な研究結果がある。
脳科学的な観点からこの症状を解明しようという試みは今のところ成功していない。シトーウィッグによれば、本来感覚は単一の感覚器官領域だけでなく、多くのモダリティと関連しているものであるが、通常はそれが意識されていないだけであるという。

シネステジアはASDにおける出現頻度が高いと報告されている。理由は定かではないが、一つの可能性として、アスペルガー症候群において、彼らが通常とは異なる脳内ネットワークを使用していることが考えられる。

また眼に映った対象を映像的に記憶することを「映像記憶」とよび、ASDはこれに優れている場合が多い。だが過去の辛い体験をまざまざと思い出す体験(フラッシュバック体験)を繰り返すことがみられる。

そして学習障害(LD)読む書く聞く話す、あるいは推論することに関して知能の低下が見られないに関わらず、なんらかの障害を示すものである。小児に5%はいるとされている。
特定の学習分野に関しての能力が制限されていることを「限局性学習障害」とよぶ。
読字障害(ディスレクシア)」書字表出障害」「算数障害」「特定不能の障害」に分類され、特に「読字障害」の割合が多い。
これまでの研究で、ADHDと学習障害の合併率が高いことが知られている。コロンビアのクラウディア・タレロ=グティエレスらによる研究ではADHDの16%が学習障害を、学習障害の58%がADHDを合併していた。

○天才


天才と狂気、つまり精神疾患の関係について本格的に研究したのが英国のハヴロック・エリスである。エリスは「生まれつき卓越した能力」を示した1030人を抽出し、精神疾患の有無を検討した。その結果、「正気でない(統合失調症)」が4.3%、(憂うつ質(気分障害)」」が8.3%であった。これは一般人口における有病率よりかなり高い割合である。
これに続いてオーストリアの精神科医アデーレ・ユーダは294例の「優れた才能」をもつ、芸術家や科学者と精神疾患との関係を調べた。結果、芸術家の27%、科学者の15%に「人格の障害」が見られた。この当時発達障害が発見されていなかったことを踏まえるとこの内に含まれる可能性がある。

歴史上、ASD的な特性を感じさせる逸話をもつ偉人に、明治維新期の兵法家・大村益次郎や作家のアンデルセン、同じく作家のルイス・キャロルがいる。後者二人の作家に特徴的なのが物語に因果律が存在しないことである。同じイベントが繰り返され、あるいは突然意味もなく、転調が発生して物語が進む。
ASDにとって他人の行動は気まぐれで不可思議なものとしか思えない。このため彼らの実生活で起きることが規則性のないことに感じられ、物語にもそれが反映されているといえる。

○アスペルガー症候群への誤解

近年マスコミを中心に「発達障害」や「アスペルガー症候群」への注目が増し、病院を受診する者も急増している。
一般の人はアスペルガー症候群を「対人関係が下手な人」と考えていることが多いが、これだけでは十分ではない。
アスペルガーという用語が広く知られるきっかけとなったのは2000年に起きた愛知県豊川市における主婦殺人事件である。
この事件を起こした少年は精神鑑定から「他人の感情を理解したり、思いやったりするという共感性の能力が著しく欠如している」としてアスペルガー症候群と診断された。
だが「対人関係の障害」は小児期から現在に至るまで継続的に見られるもののはずである。一方の少年は当時の教師や周りの生徒から協調性が見られていたと述べられていた。
またアスペルガー症候群では「こだわり」が見られるはずだが、精神鑑定では「部活への参加」を挙げられていた。中高生で部活に熱中することは珍しくなく、苦し紛れの診断と言わざるを得ない。
したがって少年はアスペルガー症候群とは言えない。
こうした誤診というべき精神鑑定は担当した医師が被告人に必要以上に感情移入してしまった結果であることが珍しくない。
また佐世保で起きた小学生6年生の同級生殺人事件もまた発達障害と関連される事件である。
被告となった少女は事件後、その不可解な動機からアスペルガー症候群と診断を受けることとなった。
このことからマスコミにおいて「不可解な少年犯罪=アスペルガー症候群によるもの」という見解が広まることとなった。
しかし当の少女において「対人関係の障害」や「こだわり」は認められず、彼女はただ単に暴発したと考えられる。戦後すぐでは年間300件程度の少年による殺人事件があり、珍しいものではないのだ。

○発達障害と犯罪


ASDとADHDの犯罪率について、一般の人より高いという報告と、ほぼ同等であるという報告がある。明確な結論は得られていない
多くの精神科医でさえ発達障害について十分な臨床経験がないのだから、なおさら司法当局者が理解するには困難であるといえる。
ASDが犯罪を起こす場合、社会的規範意識が形成されておらず興味や他人の教唆によって非行を起こす場合、随伴特性のパニックによる場合、などがある。
ADHDはその特性に「衝動性」があるように、攻撃的な暴力を示すケースがみられる。だが多くの場合、彼らなりの理屈があってのことであり、病的な信念に基づくケースはまれである。以前はADHDと反社会的行動に直接的関係性があるとされていたが、現代では合併する行為障害などの疾患の関係が大きいとされている。

○発達障害を受け入れるためには

日本は近年「コンプライアンス意識」が高まったことにより、管理化が進められ、多少でも平均からはみ出た特性を持つ人には辛い場合が多い。また、「空気や雰囲気を読むことを求められ、状況を把握する能力」が評価されることも多く、発達障害には苦手な分野である。
海外生活を送ったことのある発達障害の人は「日本よりはるかに住みやすかった」と言うことが多い。

一方で発達障害を支援する国の取り組みが近年進められている。
2005年に「発達障害支援法」が制定され、16年に一部改正された。

医療の分野ではデイケアのシステムを用いて社会復帰を促す試みが続いている。
その主な目的は「生活の支援」「社会復帰の橋渡し」であり、生活リズムを整えるという意味でも有用である。
ただしデイケアが万能とは言い切れない部分がある。スタッフのレベルに問題があることや、馴染めない利用者もいる。

デイケアではプログラムを通して、障害者の支援が行われるが、そこではプログラムを「うまくこなす」ことが目的ではない。それを通して他人と接し、様々なトラブルに取り組むことこそが主な目的である。

ADHD向けプログラムでは「心理教育(サイコエデュケーション)」が有用である。
更にこれをグループで受けることでより大きな効果が期待される。
ADHDの症状を査定できるCAARS得点で、プログラム前後の得点の変化を検討したところ、「不注意/記憶の問題」などに有意差が認められた。

またデイケアの他にも「就労移行支援事業所」があり、定員20名に対し5〜6名のスタッフが運営する小規模の施設で、精神保健福祉士などの資格を持つスタッフが一人いれば、それ以外は未経験者でも構わない。内容としては「学校」のイメージに近い。

■感想

『発達障害』という概念は近年になって取り沙汰されるようになった。以前なら「ミスばかりの役たたず」とか「コミュニケーション障害」に対し、『努力が足りない』、『精神が未熟なだけ』と切り捨てられた。だが発達障害の概念が広まって、一部の間ではそれらがただの精神論で解決できない症状であると認識されるようになった。
 だが今はまだ過渡期の段階であると思える。『発達障害』という概念を知ってはいても周りの人間にいるか、と言われると微妙だ。学生の内は重度の障害者ならば別の学級に移されるし、子供ならば「個性」として片付けられる。また大人になっていざ仕事をするとなったときに、困難を覚えたことで「障害」と判明することもあるだろうが、気分障害(鬱)を伴う場合が多い。その場合、障害というより鬱として周りは認識するし、その患者はしばらく社会と距離を置く。そして復帰するとしたら「障害者枠雇用」であるが、障害者枠の就業者は軽作業や雑務業務に携わることが多く、結局多くの人にとって「障害者」と接する機会は少ない。
 したがって、『発達障害』の概念が広まっているからといって、それが正しく 認識されているか、周辺の具体的な人間像を浮かべた上で語ることができているか、とはいえない状況なのが現在であるといえる。
 本書はそうした状況を踏まえて、一般の人に発達障害の中身を具体的な数字や臨床例を踏まえて解説する内容となっている。
 やや臨床例が具体的すぎる面があり、ASDの逸話がみられる大村益次郎やアンデルセン、発達障害と診断されたあるいは誤診とみられる犯罪者の生い立ちや業績まで細かく記されている。
 発達障害の中でもASDは特に「こだわり」が重要であるという意見が本書では何度も出てくる。「対人関係の障害」はASD以外でも見られるに関わらず、そのためにASDと診断されていることが誤診の大きな原因のひとつといえるためだ。
 だがその「こだわり」あるいは「常同行動」に関して細かな記載はない。私自身の経験だと、「こだわり」は多くの精神科で非常に軽く診断されており、「突発的な出来事が苦手」なども「こだわり」と評価される。精神科一般の中で「こだわり」がこのように少々広く解釈されているように私が感じられるのは、好例というべきASDのこだわりが例えば持ち物や順序に対し少しでも反例を許さない態度であるからだろう。それと比較したときに「突発的な出来事が苦手」というのをこだわりとして評価できるか、と私は思う。一方で実際にそのように診断されている例が多くあり、精神科各個人による匙加減の違いと片付けられそうにない。
 とにかくこの「こだわり」の謎をもう少し知りたいと思った。

■一問一答

知識定着のため本文から簡単な問題を作成

問1:ASDの主な特徴を2つ答えよ

答1:「対人関係の持続的な欠陥」と「限定され反復的な行動、興味、活動」

問2:ADHDの主な特徴を2つ答えよ

答2:不注意と多動・衝動性

問3:精神障害の分類のための共通言語と標準的な基準を提示するもので、アメリカ精神医学会によって出版された書籍はなにか。またその最新(2022年)の版を答えよ。

答3:DSM(精神疾患の診断・統計マニュアル)の第5版(DSM-5)

問4:ASDおよびADHDの出現頻度を答えよ

答4:ASD→1% ADHD→3〜5%

問5:ASDの行動特性を説明する有力な仮説である「心の理論」とはどのようなものか

答5:他人の考えを推察する能力。サリーとアン課題が有名

問6:自閉症研究者であるバロン=コーエンが作製した、ASDを診断する50項目の評価スケールを答えよ。また米国の心理学者であるキース・コナーズによって作製された不注意と多動・衝動症状をそれぞれ評価しADHDを診断する評価スケールを答えよ

答6:AQ(自閉症スペクトラム指数)とCAARS(Conners' Adult ADHD Rating Scales)

問7:サヴァン症候群とはどのようなものか

答7:発達障害や知的障害をもつ人の中で、突出した、ときには天才的な才能をもつ一群

問8:共感覚(シネステジア)とはどのようなものか

答8:外部からの刺激に対して通常の感覚だけでなく、異なる種類の感覚も同時に生じる現象

問9:ハヴロック・エリスが「生まれつき卓越した能力」を示した1030人を抽出し、精神疾患の有無を検討した結果、「正気でない(統合失調症)」と記された人および「憂うつ質(気分障害)」と記された人の割合は何%か。

答9:「正気でない(統合失調症)が4.3%、「憂うつ質(気分障害)」が8.3%

問10:オーストリアの精神科医アデーレ・ユーダは294例の「優れた才能」をもつ、芸術家や科学者と精神疾患との関係を調べた結果、芸術家の、科学者のそれぞれで「人格の障害」は何%見られたか

答10:芸術家が27%、科学者が15%