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#53 オンラインとオフラインの曖昧な境界

6月27日、時刻は18時52分。こんばんは、はるです。

ZOOMを使って、家にいながらいろんな人と話ができるようになる。「コロナのことがあって初めてZOOMを知りました」なんて照れ笑いするおじ様が、しっかりイヤーフォンをつけて画面の向こうでスタンバッテいるのを見ると「可愛いな」と、上から目線ながらも胸キュンしてしまう今日この頃です。

とはいえZOOMは等間隔すぎる違和感がぬぐえない

ZOOMを否定しているわけじゃなないですよ。とてもありがたいツールですし、今もこれからも使っていく気満々です。

ですが、画面の向こう側にいる人は基本「正面」を向いた「上半身」が映り続けるだけ。ヨガなどのボディーワークは別として「等間隔の風景」がずっと続く。それに、大勢集まっても1対1の会話しか成り立たない。ここがちょっともどかしいな思うのです。

雛壇が苦手な芸人の気持ちにすっごく共感

ZOOMは、私が芸人だったら、一言も答えられずに終わるだろうなということを容易に想像させてくれました(笑)。誰かが話しているところを割って入ることもできないし、二人の会話にどのタイミングで参加したものやら、時折分からなくなります。

大縄跳びにいつまでも飛び込めないような、そんなプチストレス。

1対1のZOOMなら、そこは全く問題ないのですが、複数になると誰か司会進行的に「回す」人が必要で、その力量しだいで場の盛り上がり度が変わってくるような……。リアルな時とはまた違うテンポや間、話の展開のさせ方とか、まだまだ改善の余地ありだなと自分を省みたりしています。

オンラインでも存在感を残せると嬉しい

でも、今日のオンライン句会では、まずまずだったかな。1人2句の投句で、計54句が集まったなか先生には選んでもらえなかったけれど、どちらも「特選」に取ってくださった方がいて、嬉しい限りです。

課題は「季語」の選び方。

難しいけど楽しい。これからも日本語を遊び続けたいなとモチベーションが上がりました。というのも、自分の考えや意見を画面を通してほぼほぼ伝えることができたことが大きいです。

ただ、雛壇が苦手なのに雛壇を克服しようというベクトルに力を注ぐ気はないので、たまーになら刺激になっていいかなというレベル。

そういえばネットがここまで普及していないときには、電話をバンバン使って、その話し方を聞いていた人が後々お仕事を依頼してくれるなんてことがありましたが、実は電話も苦手で、20年以上経ってもそれはあまり変わらないです。

ZOOMは電話と同じフェーズと心得て、オンラインと上手に付き合って行くしかないですね。これから境界線はどんどん薄まって、きっと同じ空間にリアルな人もバーチャルな人も同席することになるのでしょうから。





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