「正欲」朝井リョウ 感想

※初めに
この後に続くものは、文庫版「正欲」を読んだ個人的な感想になります。映画版は未見です。当然のようにネタバレがたくさん入りますので、ご注意ください。
「内容とオチを事前に知りたいんだよね~」と思っても、一言だけ先にお知らせするならば、本作はそういったビックリ箱やアトラクション的な作品ではありません。映画を見る予定があったとしても、少しでも内容に興味があるなら、原作をじっくり最初から黙って読むことを推奨します。
それでは、どうぞ。



正しい欲求への欲求

まずタイトルで「ああ、性欲がどうのの話なのね」と思ってページをめくって面食らった方も多かったのでは?と思う。
自分はとある芸人さんが良いと言っていたし映画化もされたらしいし、少し興味もあったので軽い気持ちで読んだ。言葉一つ一つが胸に迫り、涙がこぼれた。とても、とても面白かった。
……では、文章が終わってしまうので、何が面白かったかを書きたいと思う。

この作品には明確な主人公がいない。
代わる代わる視点が入れ替わるリレー形式をとっている。少し進んでは別の人へという具合だ。
本作の内容的に、この書き方がベストだと感じた。一人語りでは孤独が浮き彫りになりすぎて、どうしても独りよがりな独り言だらけの日記じゃんといった印象になる。たぶん今より響かない。と思う。
それよりも全く違う立場の、年齢も性別も異なる人々。その中に確かにある共通点。性思考の輪がというだけでなく「何かを他人に伝えることをあきらめてしまった人たち」、本文内で「顔面の肉が重力に負けていく」と表現された、何も見ていない表情の持ち主。彼らが今作の主人公だ。

彼らは何も期待していない。
自分たちのことをちゃんと気持ち悪いと思っているし、ちゃんと排除されるべき異分子だと認識している。
他方を煩わしく思いこそすれ、攻撃性などない。ただ、ひっそりと息をしているだけ……それだけ……
読み進めているうちに憤る。「なんでこんな目に合わなきゃならないのだ」その思いが頂点に達っし、爆発するのが交差点のシーンだ。
限界のところで一人と一人は二人になることを決める。
現実ではないとわかっていてもホッとしてしまう場面だ。死ななくてよかったと、本当にそう思ってしまう。

彼らはいつだって「正しさ」に追い詰められている。
恋をする、結婚する、家を買う、子供をもうける、死ぬまでに課せられる様々なノルマ。正しいルートから外れてはならない、そう寺井検事は繰り返し発する。そして、そんな正しい彼もまた正しさに追いこまれていく。
人間にとって死は確定事項だ。
そこまでのルートは人の数だけある。はずだ。
だのに、と思ってしまう。
夏月の職場の知り合いや田吉は曖昧なもの、道から外れるものを許さない。絶対に自分が正しい、お前が間違っている。怪しいな。全部、持ってるものを見せてみろ!
それは、まるで厳しい学校の持ち物検査のようだ。
なければ入場できないチケットのように提出を求められ、白日にこれですよと晒さねば許されない。誰に? 世界に!

疲れてしまったと、こぼして佳道は手を伸ばす。
夏月はそれにうなずき手を取った。

ただそれだけ、利害が一致しただけ、そんな二人が呼吸できる偽りのない世界のために。打算しかない儚い関係性だというのに、何よりも美しく自分には思えた。
いやらしくないベッドでの幼い戯れ。「バカみたい、セックスなんて」と言い合った後に「いなくならないで」と言い合う。
ここで涙が大量にあふれた。
この言葉を交わすために人に口はあるのではないかと、そう思えた。
どうせ死ぬのに、そうだからこそ、傍で「いなくならないで」と言ってくれる人が必要なのだ。
でなければ自壊してしまう。自分の輪郭を見つけるために他人の手のひらが必要なのだ。水がそうして、コップの中で形を変えるように。

佳道は「実は自分は幸福だったのではないか」と思った。
何も知らないからこそ、見えるものもあったと。
その一言に温かい筆者の想いを感じた。
まあ、ような気がしただけだけども。


もう一つの戦い

そして、忘れてはならないのが大也と八重子である。
佳道と夏月とは対照的に、この二人は最初からずっとすれ違っている。
好意を抱いた大也をストーカーのように追いかけ、正しさを押し付けてくる八重子。こういった「おせっかいな善人、または偽善者」はよくこういうマイノリティを扱った作品に出てくる人物像だ。
しかし、「正欲」はちゃんとその先を描いている。そこがいい。
最終局面で二人は対決をする。日常の風景の中で、互いの感情を激しくぶつけあう。
どちらが正しいではない。どちらが上でもない。
「どう思っているのか」「どうしたいか」を真っすぐに言い合うのだ。
大也は本心を吐露しながら、八重子への、世界への呪詛を吐き散らしながら、やはり自分もそんな繋がりを強く欲していることに気づいていく。
先に立ち上がったのは八重子。
欲望を取り払い、鎖を断ち切り、彼女はついに前を見た。生きたい未来を。
実は、それが彼女の本当の姿だったのだ。本当の願い。
「一緒に話そう」たったそれだけの、ために。
私は生まれたときから決まっていたものに縛られない、あなたは?と大也に問いかける。
欲望に薄暗さを感じ、うずくまっている優しい青年にバンソウコウなんて渡さずに、友達になろう話そうと叫ぶ。
笑い種だ。しかし、これもまた美しい。


結末、人として

ラストは、そんな八重子と友人の会話で締めくくられる。
捕まった各人の行方については詳しく語られない
(ただし、とある人物の末路は示される。これもまた一つの結末だというかのように)
それを見つめる八重子の中にはあの夏の朝が確かに刻まれていた。
彼女は大也と友人になるのかもしれない。友人……いや、佳道と夏月のように「いなくならないで」という言葉を発してくれる人として。だろうか。わからない。

重い話と聞いていたのだが、難しくもなくとても面白かった。
単純に面白い。
とりあえずの感想をここに一気に書いたが加筆するかもしれない。
すみません。
ここまで読んでくれた方がもしいたら、ありがとうございました



















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