泣きたい私は猫をかぶるを観ました。

Netflixにて視聴。
この作品を観る契機はヨルシカが主題歌だったから。作中では主題歌と挿入歌で3曲流れた。
映画館での上映予定だったが昨今の情勢によりNetflix独占配信になった。友人を招きでけー音で視聴した。

ざっくりあらすじ。
主人公は「むげ」というあだ名がついている女の子。無限大謎人間から派生して「むげ」らしい。
好きな男の子に過剰に干渉していつもあしらわれているのだが、彼女には一つ変わった能力があり、猫のお面をつけることで猫になれる、というもの。
いつもむげを煙たがる男の子だがむげの化けた猫には「タロー」と名づけ普段見せない表情を見せる。
そんな二重生活をしていく中で、人間状態で非常にイヤな出来事が起こる。むげに猫のお面を渡した人物もとい化け猫?に、猫でいればこんなに幸せと唆され、精神的に参っていたむげは人間であることを手放してしまう。
猫になれるお面同様に、人間になれるお面としてむげの肉体は奪われてしまう。その後むげではない何者かがむげとして人間生活を送るようになっていた。

感想。
むげの鬱陶しさの描写は人によってはしんどそう。ハルヒのウザさが許容できない感覚と似てる。たぶん。私はハルヒの人間性が苦手なので涼宮ハルヒの憂鬱は履修していない。
むげの行動は、いわゆる好きな子にいじわるする、の典型なのでそれが見てていたたまれなくなるのかもしれない。共感性羞恥と呼ばれるあれだと思う。
作中で語られるがむげは複雑な家庭環境の中で不平不満を全部自分の中に押し込んで詰め込んで、ヘラヘラと笑っている人間なので周囲からは悩みなんてなさそうな振る舞いにみえているためそのギャップや落差が終盤で露呈する。
むげ、という呼称も明らかに無碍にされるとも掛かっているので、趣味が悪いな(褒めてる)と思った。
綺麗めに描かれているけど割と人間関係や人間性がガチャガチャしてるのが生々しかった。

おわり。

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