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東北フォレストジャーニー その6 幻想の森 〜不気味さと美しさは紙一重〜

花粉症の元凶・土砂災害・人工林による天然林破壊…などなど、なにかと世間を騒がせがちなスギという樹種。当サイトは、これらの問題の責任はスギの扱い方を間違えた人間の方にあるのであって、スギは悪くない…という立場にありますので、スギの美しい側面はとことん愛でていきたいと思っています。今回の記事も、スギの美を世間に広く知らしめるための一本です。

杉の二大派閥

拡大造林によって、いまやスギは日本全国(道央以北、南西諸島は除く)どこででも見られる樹種となりました。しかし、スギの「天然分布」の範囲は非常に狭く、スギの天然林は屋久島、佐渡、芦生、秋田など、ごくごく限られた場所でないと見ることができません。
そして、そんな天然スギの中にも、大きな二つの”派閥”が存在します。

「オモテスギ」と「ウラスギ」です。

小学校社会科で習うように、日本の気候は本州中央部の脊梁山脈を境に二分されます。日本海側は雪が多く、太平洋側は雪が少ない。この気候の違いが、スギの生育にも大きな影響を与えているのです。


↑オモテスギとウラスギの分布。中央分水嶺が境目になっているのがわかる。赤丸はオモテスギ系統の杉が見られるポイント、青丸はウラスギ系統。現在残っているスギ天然林は、ウラスギ系統が多い。豪雪が、人間の伐採から杉を守ってくれるのだろう。



「オモテスギ」は、雪が少ない太平洋側に分布するタイプ。彼らは積雪の影響を気にせずに成長できるため、幹を真っ直ぐ高く伸ばし、枝は水平に伸びます。いかにもスギらしい、スラっとした樹姿が、オモテスギの大きな特徴といえるでしょう。


↑こちらは典型的なオモテスギ。和歌山県高野山で撮影。
ほっそりした幹が高く伸び、見上げると首が痛くなる。


一方ウラスギは、豪雪地帯の日本海側に分布するタイプ。彼らは成長する際に積雪を勘案しなくてはならないため、無我夢中に幹を真っ直ぐ伸ばす、なんてことはしません。雪の重みに合わせて枝を下降させたり、枝を幾度も分岐させたりして、豪雪から身を守ります。ウラスギは、別名「アシウスギ」とも呼ばれますが、この名は本種が集中して分布している京都府の芦生(あしう)原生林からきています。


↑典型的なウラスギ。幹の低い位置で枝分かれしている。青森県深浦町の「関の甕杉(かめすぎ)」。

ウラスギとオモテスギは、遺伝的に明瞭に分化(遺伝的な違いがはっきりしている)しており、いまのところはどちらも「スギ」という樹種の変種扱いですが、将来的には別個の樹種になるかもしれません。普段よく見かけるスギも、日本特有の気候に合わせて絶えず形質を変化させているのです。

ウラスギの天然林

4年ほどまえ、「関西に、屋久島に負けないぐらい見事なスギの天然林がある」という記述をとあるウェブサイトで見かけたことがあります。当然、僕はその文章に飛びつきました。屋久島に匹敵するスギ林って、凄いやないけ。

あとでわかったのですが、その記述は京都市北部(京北)の山間部にある「片波川源流スギ天然林」のことを言っていました。そこの一帯にはウラスギの巨木が群生しており、自然保護のため立ち入りがガイド同伴の場合のみに制限されているとのこと。ウラスギは根元付近から太くたくましい幹を枝分かれさせるため、屋久杉を彷彿とさせる樹姿に成長するケースが多々あるのです。「屋久島に負けないぐらい」という表現は、ウラスギの貫禄ある樹姿を表したものだったのでしょう。

僕が住んでいた神戸は、瀬戸内沿岸なので、完全にオモテスギのテリトリー。ウラスギはおろか、スギ天然林にさえ縁がない土地です。そのぶん、ウラスギ巨木の森への憧れは募るばかりでしたが、当時高校生の僕に京北の深山まで分けいる行動力はなく、そのままウラスギの森探索計画は流れてしまいました。

その後しばらく、僕とウラスギは疎遠になってしまったのですが、東北に移住したことをきっかけに、僕たちは復縁しました。

山形県最上川の流域にも、ウラスギの天然林があることを知ったのです。その名も「幻想の森」。ディズニーのアトラクションっぽい名前に惹きつけられます。きっと、ウラスギの巨木が幻想的な光景を用意して待ってくれているのだろう…。
幻想の森では入林規制が行われていないため、自然を大切にする心さえ持ち合わせていれば、誰でも立ち入ることができます。
2021年7月下旬、山形に向かう用事ができたので、思い立ったが吉日、ウラスギと4年越しの対面を果たすことにしました。

最上峡の眺め

青森から夏の東北を南下すること7時間。午後の西日が煌めく最上峡(山形県戸沢村)に到着すると、まずその美しさに感動しました。

最上川は、山形県のシンボル的存在となっている大河川です。山形県最南部の山岳地帯に端を発し、山形盆地を貫き、出羽山地をぶった切って日本海に注ぐまでの流路延長は、229キロ。同一都府県内で完結する河川としては、日本国内最長です。陸上交通が発達していなかった時代は、最上川は水運の大動脈として、多くの人々に利用されました。

その長い最上川の中で最も景観が美しいのが、戸沢村の最上峡です。

↑最上峡。川幅が広く、のっぺりした雰囲気。

かの松尾芭蕉も、奥の細道の旅の途中、最上峡での舟下りを体験しています。芭蕉は、「五月雨を集めて早し最上川」という句で、最上川の流れの激しさを表現しているのですが、実際に最上峡のほとりに立つと、激流という感じはしませんでした。
地面に横たわるように、ゆったりと流れていく感じ。水流は非常に穏やかで、白波は殆ど立っていません。川が「流れている」というより、「寝そべっている」と表現したほうが的確なのではないか、と思ってしまいます。きっと、長江やナイル川などの、大陸の大河はこんな感じの雰囲気なんだろうな〜と思います。

いざ、幻想の森へ

幻想の森は、最上峡南岸の山裾にあります。
国道から外れ、そこへアクセスする林道に入った瞬間、道の悪さに愕然としました。
見通しの悪いカーブが連続する、狭い未舗装路。運転したくねえ〜と思わせる要素がてんこ盛りです。ここだけアフリカ並みに道路事情が凶悪。

↑最上峡沿いの国道47号から幻想の森へ入るときは、この看板が目印


↑幻想の森へと向かう未舗装の林道。カーブミラーはあるにはあるのだけれど、汚れまくりで全然役に立ってなかった。

そんなこんなでやっとこさ森の入り口に到着すると、すぐにウラスギのモコモコとしたシルエットが目に入りました。
僕が見慣れているオモテスギは幹をまっすぐ伸ばすため、その樹冠は遠くから見ると尖った鉛筆のように見えます。一方、ウラスギは横にも枝を広げるため、樹全体のシルエットは入道雲のよう。モコモコ樹冠を見ると、「いよいよ憧れのウラスギの住処に辿り着いたのか…。」と気分が上がります。いざ、森の中へ。


森の中の小道に入ると、見事なウラスギの巨木が自らの幹を素材に素敵なオブジェをつくっていました(↑)。複雑に分岐した太い幹が、重厚な威圧感を醸し出し、森の雰囲気をミステリアスなものにしています。
普段お付き合いさせていだたいている、直立のスギとは全く趣が異なり、新鮮な感じがします。遺伝的な違いは、やはり樹の様相を決定的に変えてしまうのです。


↑このあたりの積雪量は、毎年2〜3mにものぼる。スギが根元寸前で枝分かれしているのは、苗木時代に成長→雪による幹折れ→萌芽のサイクルを繰り返したから。萌芽は、ウラスギの得意技。

美しくもあり、どこか不気味でもある。こんな森は初めてです。ブナ林には心地良さが充満していて、純粋に「ああ、気持ちいい」という感情で心が満たされるのですが、ウラスギの森ではそうはいきません。ウラスギの樹姿を、森の名前通り「幻想的」と表現するか、「おどろおどろしい形相」と表現するか、正直迷います。ただ、鑑賞者に相反する感想を同時に抱かせるのって、純粋にすごいと思います。彼らが作り出す「幹のオブジェ」が、芸術作品としてクオリティが高いことの証拠だと思います。


↑ウラスギの巨木2。でっかいフォークが地面から飛び出ているみたい。
部分的に幹が朽ちているが、これがまたいい味を出している。


↑ウラスギの幹オブジェ傑作集


↑数多の幹が天に向かって一斉に伸びておる。
ドラえもんの漫画に出てきた八岐大蛇を思い出させるルックス。


↑ウラスギは、子孫を残す際、種子以外に「伏条更新」という方法を使う。伏条更新は、雪の重みで垂れ下がった枝が偶然地面につくと、そこから根が出て、新しい個体が誕生する、という現象。ウラスギ以外にも、ヒバなど、豪雪地帯に分布する樹種は、この方法を用いて繁殖する。

多樹種取り揃え

スギ林と聞くと味気ない人工林のイメージを抱かれる方が多いと思いますが、幻想の森は「天然林」。それゆえ、林内にはスギ以外にも多種多様な樹種がお住まいです。

まず目についたのが、ヒトツバカエデ(Acer distylum)。割とレアな樹種です。
カエデと聞くと、多くの方はスター型の葉を思い浮かべると思います。事実、ほとんどのカエデ属樹種は複数の裂片(カエデの葉のうち、尖った部分)が付いた葉をつけるのですが、ヒトツバカエデだけは例外。
彼の葉は丸くて、シナノキやウダイカンバによく似ています。(ヒトツバカエデはシナノキ・カンバと違って対生です。この点を用いて区別します)


おそらく、初めて彼に会った人は、彼がカエデの仲間であるとは信じないでしょう。それぐらい、葉形がカエデとかけ離れています。
しかし、ヒトツバカエデの葉には、独特な愛嬌があります。丸っこい輪郭と、深く刻まれた葉脈の溝がなんだかキュート。個人的に、好感度が高い樹種です。

そのほかにも、多雪地型のツバキであるユキツバキ、スギ林内のギャップ・林縁部の定番種であるクサギなどなど、中高木層・低木層には、キャラの濃い面々が大勢いらっしゃいました。


↑クサギ。葉をちぎると独特の香り(ごまの香りに似ている)がする。この匂いが好きな人もいれば、嫌いな人もいる。奥入瀬樹木ツアーで行った統計では、好き:嫌いが4:5の比率。ちなみに僕はクサギ臭がまじで無理。漢字で「臭木」と書くことからわかるように、命名者もこの匂いがあまり好きではなかったんだろうな…。


↑ウラスギの大木に巻きつくツルアジサイたちが、西日のスポットライトを浴びている……。つる性木本がすぐに排除されてしまう人工林では見られない景色。


やはりスギの天然林は、興味深い発見と美しい光景がたくさんつまった、宝箱のような森です。以前訪ねた秋田杉の森は、天高く幹を伸ばした、ハンサムな巨木たちがこちらを出迎えてくれたので、明るい気持ちで森を歩けましたが、今回の幻想の森はテイストが違います。前述したように、不気味な雰囲気も少なからずあるのです。それでも、幹のオブジェだったり、林床のメンバーだったり、観察すべき面白いモノがたくさん転がっていて、見ていて退屈しません。

明るい森だろうが、ハンサムな巨木に囲まれた森だろうが、不気味な森だろうが、楽しい出会いはどこかに必ず待っている。

やはり森というのは、楽しまないことができない空間なのだな、と思ってしまいます。

↑やっぱカッコええ…

(※)最後にちょっと疑問点。かなりマニアックですが…
冒頭で、「一般的に、ウラスギは雪に適応するため、幹を屈曲させたり、低い位置で枝分かれしたりする」と書きました。しかし、ウラスギに分類される秋田杉は、一度も枝大きな分かれを経験せず、50mの高さまで幹を真っ直ぐ伸ばします。秋田杉は、どちらかというとオモテスギっぽい見た目なのです。
地表付近で幹を何股にも分岐させる幻想の森のウラスギと、ひたすら1本の幹を空に向かって伸ばし、気がつくと日本一背が高い樹になっていた秋田杉。同じウラスギなのに、両者の違いはなんなのでしょう。ぼくが立てた仮説は2つです
①秋田杉が分布するエリアは、幻想の森よりも積雪量が少ない。そのため、秋田杉は雪を気にせず成長でき、幹が真っ直ぐになる。
→調べてみると、幻想の森が所在する戸沢村と、秋田杉が生育する秋田県内陸部は、最大積雪量は2〜3mで、ほぼ同じ。積雪量の違いで秋田杉と幻想の森を比較するのは無理がある。
②幻想の森には昔伐採が入っていて、幹の枝分かれはそのときに生じた。
→秋田杉は、日本有数のブランド木材。伐採は、むしろ秋田杉の森のほうで盛んに行われていた。秋田杉が根元付近での枝分かれを行なっていないことには、無理がある。
むむむ…ウラスギ同士の形態の違いに関する謎は、深まるばかりです。ウラスギの中にも、いくつかのグループがあって、幻想の森の個体と、秋田杉は、それぞれ異なったグループに属する、とする資料もあります。


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