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イントゥ・ザ•奥入瀬 vol.2 奥入瀬の樹木

前回の記事は奥入瀬の森林の大まかな特徴についてのものだったので、今回は奥入瀬に生えている樹木について。

※この記事から、本文との違いを分かりやすくするために写真の説明文は背景を黒にしています。まあ気にせずにお読みください。

樹種の棲み分けを体感


奥入瀬渓流があるのは青森県十和田市で、僕の出身の兵庫県とは約800キロ離れています。緯度も兵庫県はだいたい北緯35度、奥入瀬は北緯40度より北にあり、5度以上の差がある。この距離の遠さが、奥入瀬と故郷の関西のあいだに、大きな植生の違いを生んでいます。

樹木は、同じグループに属する樹種同士で、気候帯ごとの棲み分けを行う場合が多いです。
ブナ科コナラ属を例にとると、関西の低地では主にコナラ(Quercus serrata)が圧倒的に優占していますが、冷温帯の奥入瀬ではより寒冷な気候を好むミズナラ(Quercus crispula)が優占しています。奥入瀬にコナラはまったくといっていほど生えていません。
神戸の山ではそこらじゅうにコナラがあったのになあ………。なじみのある樹種が姿を消し、かわりに関西ではなかなか見かけないミズナラが普通に茂っているのをみると、同グループ内での棲み分けを肌で体感できた気がして、非常に面白かったです。



↑上がコナラ(2019年11月23日 兵庫県神戸市北区)、下がミズナラ(2021年5月6日 奥入瀬渓流)。温暖な地域ではコナラが、冷涼な地域ではミズナラが、というかたちで棲み分けを行っている。だいたい岩手•秋田よりも北に行くと平地でもミズナラが生えるようになり、コナラの割合が低下していく。逆に岩手•秋田より南に行くと、コナラの比率が高くなり、ミズナラは高海抜地でしかみられなくなる。



関西の樹木を知った上で奥入瀬にくると、こうした樹種ごとの棲み分けの事例を、ミズナラ・コナラ以外にもたくさん確認できました。

わかりやすかったのは、カエデ類。
関西ではイロハモミジが最もポピュラーですが、奥入瀬にイロハモミジは1本もなく、かわりにヤマモミジやイタヤカエデが幅を利かせています。
ニレ科樹木に目を向けると、関西ではムクノキ・エノキが主流ですが、奥入瀬ではハルニレ•オヒョウ、ハンノキ類の場合、関西ではハンノキ、奥入瀬ではタニガワハンノキ……………

こんな感じで、奥入瀬には、ぼくが関西で毎日お世話になっていた樹種たちの親戚がたくさん住んでらっしゃるのです。

関西でいつもみていた樹と似てるんだけど、なんか違う……そんな樹木たちで構成された森に、最初は違和感を抱きます。でも、この「違和感」を感じながら植物を観察し、森を歩くのは本当に楽しいのです。



↑上が関西でよく見かけるイロハモミジ(2020年5月6日 兵庫県神戸市)、下が奥入瀬でよく見かけるイタヤカエデ(2021年5月6日 奥入瀬渓流)。暖温帯系のカエデであるイロハモミジには鋸歯(葉の端のギザギザ)があるが、冷温帯系のイタヤカエデには鋸歯がない。奥入瀬の森で棲み分けを行う樹種と出会うと、ついつい関西に分布する種と比べて、「間違い探し」のようなことをしてしまう。この感覚が好き。


↑関西の低地ではあまり見かけないタニガワハンノキが森林を形成していた 2021年5月6日 奥入瀬渓流 渓流館付近


違いは樹種だけじゃない


関西の森と奥入瀬の森の違いは、樹種だけではありません。それぞれの樹種の「生き方」にも違いがあります。

例えば、ホオノキ。
6月ごろに綺麗な花を咲かせるモクレン科の樹で、日本産樹種では最も葉が大きいと言われています。このホオノキ、関西の森でも見れることには見れます。兵庫県西宮市の武庫川上流では、結構な数のホオノキが群生していて、兵庫にいた頃、僕はそこの森に通ってホオノキのでっかい葉が作り出す独特な雰囲気に酔いしれていました。
しかし、この武庫川上流のホオノキは割と小さく、樹高はせいぜい5メートル前後、幹周りも自分の足首ぐらいでした。若手で頑張って森つくってます!って感じ。

↑関西のホオノキは、こんな感じで小ぶりの個体が多い。写真は文章中の武庫川上流の個体とは別のもの。(植栽)2016年10月30日 大阪府交野市 大阪大学附属植物園


ところがどっこい、奥入瀬のホオノキは一味も二味も違って、とにかくでっかい。樹高は25メートルほど、幹は両腕で抱えてもまだ少し余るぐらいです。武庫川上流の新米たちとはサイズの差が半端なくて、同じ樹種とは思えない。「ホオノキってこんなに大きくなるのか」と感心してしまいました。

↑奥入瀬で見上げるぐらいの高さに育っていたホオノキ。関西の若手個体とはえらい違い。
2021年5月19日 奥入瀬渓流 雲井林業付近

関西にいた頃、ぼくはホオノキのことを、そこまで大きくならず、樹林の空いたスペースでこそっと生えるような弱い樹だと思っていました。でも、奥入瀬に来てからその印象が変わった。
20メートルを越す樹高にまで成長し、ブナとともに高木層メンバーの仲間入り。岩の上から生えて、根っこで岩を掴みかかるようにして育つ個体もある。「弱々しい」という印象とは正反対の、めっちゃガッツのある樹ではないか!
ホオノキよ、ごめん。君はもともと、冷温帯が好きな樹種だったんだね。暖温帯の関西は得意じゃなかったんだよね。暖温帯で育っているのを見ただけの印象で君のことを「弱々しい」と決めつけるなんて、ほんとうに無礼なことをしてしまった。


↑奥入瀬渓流のブナ林にいらっしゃった、岩につかみかかるホオノキ。関西ではこんな個体は見られなかった。ホオノキ自体は全国に分布するが、どちらかというと冷涼な気候を好む樹種なので、奥入瀬のような冷温帯林に住む個体の方がよく育ち、大木になる。
2021年5月19日 奥入瀬渓流 雲井林業付近


このホオノキのように、関西ではそこまで大きくならない樹種が、別の地域でめっちゃカッコいい巨木に育っているのを見ると、ギャップ萌えの原理で感動が増大し、その樹種がもっと好きになってしまいます。
青春ラブコメでよくある、「普段は教室の端っこで本ばかり読んでる控えめな性格の男子が、いざというときに凄く頼りになって、そのギャップに胸キュン」という心理状況とまったく一緒。人でも樹木でも、自分の知らない意外な一面を見た時の「え、こんな面もあったんだ」という驚きは、愛情の引き金になりやすいのです。
関西で小ぶりの個体しか見たことがなかったからこそ、奥入瀬のメガサイズのホオノキの感激が大きいものになり、ホオノキ愛が深まりました。

奥入瀬と関西では、確かに気候が異なりますが、本州という同じ島にあるためか、まったく別の生態系が広がっている、というわけではありません。ホオノキのように、関西と奥入瀬の両方に生育する樹種もあるのです。だから、「同じ樹種に着目して北と南の生育状態の違いを見る」という観察もできます。
奥入瀬の森ほど南北の樹の違いを見るのに適している場所はない、と言っても過言ではありません。


↑ちなみにホオノキのでっかい葉はこんな感じ。
2021年5月22日 奥入瀬渓流 渓流館付近


一樹一会


奥入瀬の森には関西にはない樹種がわんさか生えているので、毎日ワクワクしながら森を歩いていますが、その一方で一抹の寂しさも感じます。

奥入瀬の森は冷温帯なので、常緑広葉樹はほとんど生えていません。せいぜい低木のヒメアオキとミヤマイボタぐらい。

ぼくが兵庫にいた頃は、毎日クスノキ、シラカシ、アラカシなどの高木の常緑広葉樹(照葉樹)を見ていました。奥入瀬の落葉広葉樹林はもちろん素晴らしいし大好きだけれど、彼らのような高木の照葉樹がつくる荘厳な雰囲気の森もそれはそれで美しいのです。なにより、ぼくは18年間、常緑広葉樹林を歩き回って樹木の勉強をしてきました。ぼくをここまで育ててくれたのは常緑広葉樹なのです。

↑兵庫の家の近くにあった、見事なシラカシの林。青森ではこういう雰囲気の森は見られないんだよね……… 2020年10月25日 兵庫県神戸市


兵庫にいる友人や家族とはLINEやらインスタやらでいつでも連絡を取れるので、正直離れている実感が湧かず、それほど寂しいとも思いません。でも、兵庫にいる常緑広葉樹たちはSNSなどやっているはずがないので、連絡のとりようもない。青森に来たことで、いままで散々お世話になってきた常緑広葉樹たちとは樹木図鑑の中だけでしか会えなくなってしまったのです。
18年間一緒にいてくれた高木の照葉樹がいっさい生えていない奥入瀬の森を歩いていると、ふいに寂しさや心細さが込み上げてくることがあります。これがホームシックならぬフォレストシックってやつ?

まあ、別れがあれば新しい出会いもある。
青森に来たおかげで、関西にいた頃は樹木図鑑の中だけでしか会えなかった樹種たちと対面で会えるようになりました。人生は一樹一会。樹木一本一本との出会いを大切に、これから精進していきたいと思います。

関西の照葉樹のみなさん。18年間ぼくを樹木の世界に閉じ込めてくれてありがとうございました。また会いに行くので、それまで元気でね。
そして奥入瀬の落葉広葉樹のみなさん、これからよろしくお願いします。

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