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バイバイ奥入瀬 〜原生的な森と1年間関わって〜

少し時間が経ってしまったのですが、4月末、留学の準備のため青森での生活を終え、神戸に戻りました。今回の記事は青森での1年間の振り返りです。僕が一年の間に、奥入瀬の森から学んだことを書いていきたいと思います。

奥入瀬の森から学んだこと① 「原生的な森」ってやっぱり貴重なんだぞ


このnoteで何回もお伝えしている通り、奥入瀬の森の一番の特徴は「原生的な森である」という点。原生的な森と付き合い、四季を全部体感する1年間、というのは、自分にとってすごく有意義なものだったな、と思います。

「原生的な森」とは、人の手がほとんど入っていない森のこと。そういった森では、樹木たちが伐採等の邪魔を受けずにのびのび成長することができます。数百年という、長い長い自由な時間を与えられた樹木たちは、とてつもない風格を放つ大木に成長するのです。

奥入瀬の森の大木たちは、皆樹木あることを最高に楽しんでいるようでした。品位ある色気を漂わせるブナ。激昂したように幹と枝をグネらせるカツラの大木。僕に何の恨みがあるんですかと言いたくなるぐらいに、不気味な枝でこちらを脅してくるトチノキ。爽やかな葉と短冊、スマートな樹姿で、ホストのような雰囲気を醸し出すサワグルミ。
それぞれの樹種の個性を、体全体で精一杯表現する大木たち。そんなキャラの濃い面々が集合して、見事な森林景観を作り出している。これにとにかく感動しました。


↑渓流沿いに広がる奥入瀬の森は、水分豊富なカツラにとってのユートピア。奥入瀬のように、カツラの大木が高密度で生育している場所は珍しい。


↑新緑の雲井ブナ林。美白幹と眩しいぐらいの緑色が同時に襲いかかって来て、もう何がなんだか分からん。それぐらいに美しい。

巨木たちが好き放題枝葉を伸ばしまくり、空と地上とを完全にシャットアウトしているせいか、奥入瀬の森の内部に入ると、奥深い森に”閉じ込められて”しまったかのような感覚を覚えます。ここは人間ではなく樹の領域だよなあ〜と訪問者に思わせる、荘厳な雰囲気が森に充満しているのです。


↑大木が集合した深い深い森が、圧倒的な緑でこちらを威圧してくる。それでも落葉広葉樹林特有の優しげな明るさもあり、いい意味で二面性がある。


↑六甲のクヌギ林。樹々の樹高が低いためか、空との距離が近く、”閉じ込め感”はない。上の写真と比べるとわかりやすい


厳かな雰囲気が漂う奥入瀬の森に入ったとき、「これが原生的な森というものか…やっべえ…」と衝撃を受けました。故郷神戸の六甲山には、原生的な森はほとんど残っておらず、ヒョロヒョロの若い樹が集まった、いまいちパンチに欠ける森が延々広がっています(六甲山は薪炭林や木材供給源として、1000年以上前から伐採が繰り返されているため)。そういう森で18年間過ごした後、奥入瀬のような巨木軍団の詰所に行くと、やっぱり感動と驚きが半端ないのです。

そして、奥入瀬のようなガチの原生的な森の雰囲気を知った上で、改めて日本各地の森を探索していくと、原生的な森がいかに貴重か、思い知りました。
故郷の関西はもちろん、一般的に大自然のイメージが強い北海道、長野あたりの森を見て回っても、奥入瀬のような原生的な森特有の威厳を感じる森には滅多に出会えませんでした。
「原生的な森とはどういうものか」を知ったのちに、日本のいろんなところに出向いて森を見ても、良質な森にはなかなか出会えないのです。「原生的な森って本当に少ないんだな」と気付きました。

原生的な森が少ない、ということは、逆に言えば日本の森のほとんどが人間の介入を受けている、ということ。日本の森の95%以上は、人間が原生的な森を破壊した後に生じた「二次林」なのです。ニンゲンという一種類の生物に、たった2000年間介入されただけで、ガラッと様相が変わってしまう、森という環境の”脆さ”も、奥入瀬の森を通して実感しました。

また、奥入瀬の森と出会ったことで、日本の色々な森を見る際に「この森って、原生的なのかな。奥入瀬と比べてどうだろう」という、一種の”基準”をもって森を読み取ることができるようになりました。その森が原生的かどうか、を読み取ることは、その森がどういう歴史を辿って来たのか、を読み取ること。森の様相、樹々の生き様を見ることで、その土地の生い立ちを推測できる、という森歩きの楽しみのハイライトを、奥入瀬の森が教えてくれました。

奥入瀬の森から学んだこと②樹木だけ見てちゃダメだぞ


奥入瀬に来るまで、僕は典型的な樹木オタクでした。「デカイ樹を見たい」「まだ逢ったことがない樹種を見たい」という自分の欲望に身を任せ、森やら公園やら植物園やらに出かける日々を送っていました。
そんな趣味をずっと続けたあとに奥入瀬に来ると、当然ながらめちゃくちゃ興奮します。お〜、大木がいっぱいあって素敵〜ってな感じ。

しかし、おいけんの方々からいろいろな知識を授けていたたくうちに、「大木が多い」ことが奥入瀬の凄さじゃない、ということに気付かされました。大木を軸にして豊かな生態系が形成されている、という点が奥入瀬の森の真の凄さだったのです。

たとえば、樹上着生植物。

多くの場合、寿命を重ねた大木の幹・枝の表面には、コブや溝が形成されます。その凹凸を足場にして、大木の体表にコケが張り付き、そのコケが長い時間をかけて成長し、分厚いコケマットが完成。そこに希少な樹上着生植物や草本植物が根付いて、林冠に独特な生物群系が出来上がります。奥入瀬の森では、林床と林冠それぞれに、別個の生態系が展開されているのです。大木の存在が軸になって、希少な植物種のホットスポットが形成される。そして、森の植生構造が複雑になっている。
良好な状態の森林生態系です。

↑奥入瀬の希少樹上着生植物、フガクスズムシソウ。

さらに、樹洞にムササビやモモンガが棲みついたり、朽ちてご臨終を迎えた大木にはキツツキやアカショウビンが巣穴を掘ったり……

樹木以外の生物に目を向け、それらが樹木とどう関わっているのかを知ると、大木が森の中でいかに重たい価値を持つのか、再度気付かされました。

奥入瀬の森で、樹木にしか注目してなかったら、こういった興味深いバックグラウンドを知ることはなかったでしょう。森を歩くとき、樹木にしか目を向けないのは、映画鑑賞のときに主演俳優しか見ないようなもの。すごく勿体無い。
ミッションインポッシブルを観るとき、トムクルーズのアクションシーン以外全部寝る!という極端なファンがいたら、皆さんはどうアドバイスするでしょうか。きっと、「それはそれで楽しいんだろうけど、他の登場人物にも目を向けた方が、映画全体のストーリーが分かってもっと面白いと思うよ」と言うのでは?

樹木オタクだった頃の自分は、上記のトムクルーズファンと同じだったのです。
森そのものの価値・美点を知るためには、樹木以外の生き物たちにも目を向ける必要がある。そして、別の生物の視点に立って樹木を観ることで、樹木の価値の大きさを再認識できる。
樹木のこと、森のことを知るなら、森にあるもの全部に目を向けた方が良い。

このことも、奥入瀬の森から学びました。

奥入瀬の森から学んだこと③樹木ってやっぱり良いね


樹木を趣味とする人は、かなりの少数派だと思います。僕の年代である10代であれば尚更です。
高校生の時、「人と違うものが好き」ということがコンプレックスになったことがあります。

楽器をやっている友達から「今度バンドを組んで夏の間いっぱいライブをして、仲間と一緒にプロを目指すんだ」という話を聞いたりすると、「音楽をやっていると、すぐに同じ志を持った仲間に出会える。いいなあ」と羨ましく思いました。樹木という、とてつもなくマイナーな領域に足を踏み入れてしまった自分は、なかなか共通の趣味を持つ仲間と出会えなかったのです。

友達が夢を同じくした仲間と切磋琢磨しながら、充実した休日を過ごしているあいだに、自分は六甲の山の中で孤独にタムシバの花を探している。この状況が、なんだかとてつもなく惨めな気がして、樹木の世界を純粋に楽しめなくなった時期がありました。要は人と自分を比べて、もやもやした気持ちが溜まっていたのです。思春期によくあるヤツ。

しかし、奥入瀬に来て、自分が好きなことに自信を持って良いんだ、と思えるようになりました。

奥入瀬の原生的な森を見て、青森に来た当初、とてつもなく感動しました。こんなに見事な大木が生えた森が、まだ残ってるなんて!

このとき、森そのものに感動したことはもちろん、「森に感動できる自分」にも感動しました(自惚れかもしれませんが…)。
もし樹木に興味がない状態で奥入瀬に来たら、「川の流れ綺麗だな〜」で終わってしまっていたでしょう。奥入瀬の森の素晴らしさ、森林美学的な価値にはいっさい気づくことができなかったと思います。
「樹木」という、人と違うものが好きだからこそ、普通の人が感動できないようなことに感動できた。人と違うものが好きだからこそ、普通の人が気づかないようなものに価値を見出せた。

そしてなにより、青森滞在中に、おいけんの皆様や、樹木ツアーに何回も来て下さった方、奥入瀬観光に携わる方など、奥入瀬をこよなく愛する方々に本当にお世話になりました。こうした素晴らしい出会いの数々も、樹木をずっと追いかけ続けたからこそ。
樹木を愛し続けることで、人生は豊かになる。奥入瀬の森から学んだ一番大きなことは、これだと思います。

最後になりましたが、奥入瀬自然観光資源研究会の皆さま、樹木ツアーを応援してくださった皆さま、奥入瀬での僕の仕事を暖かく見守ってくださった皆様、ほんとうにありがとうございました。

・追記
ここから留学までは、この1年間一緒に遊べなかった照葉樹たちに関する記事を中心にアップしていきたいと思います。照葉樹たちよ、いままで会う機会を作れなくてごめんね。でも君たちのことも大好きよ‼︎


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