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一寸先のサキ

 一寸先は闇だと、ある先人は言った。
 未だ来ない世界を闇と称した先人。その先人が生きた世界の延長線上に、私たちは立っている。

1. 春の砦

 修了式を終えクラス写真を撮ったあと、クラスメートたちは早々に教室を去っていった。高校生活最後の春休みというイベントを前に、みんな浮足立っていたのだと思う。

 一時間も経つと、教室は私とサキだけの砦になった。

 サキは、高校に入ってから出会った友人である。明るく聡明で楽しいことが好きな、見るからに華やかな少女だ。出席番号が私とサキで続いていたこともあり、今では二人で駄弁ったり帰ったりする仲である。

 修了式を終えた砦のような教室で友人と二人。私の前でその友人が何気ない話を楽しそうにしている。これが“エモい”ってやつだわ。
 そんなことを考えながら、私は窓の外の桜に目を移した。

2. 白昼夢を彷徨う

 先日卒業式があった。よく晴れた穏やかな日、私たちが見送った先輩たちの表情は十人十色だった。それは窓の外に見える桜の花のようで、生き生きとしている人もいれば少し萎えたような人もいた。なかにはまだ蕾なのか、不思議な緊張感を漂わせている人もいた。

 私は、どうだろうか。未来の私はどんな表情をしている?
 想像がつかない未来を、私はなんとなく恐ろしいと思った。今になって“昭和レトロ”が流行しているのは、みんな未来が分かっていても、その時だけは過去に戻れるからかもしれない。

『未来なんてさ、すぐだよ。五秒先も一時間先も、三年先だって未来だし、今だってかつては未来だったんだもの。』
 いつかのサキの言葉が蘇る。記憶の中のサキはいつだって明るい。

 サキは、どうだろう。
 今も未来だと唱える少女は、いったい何を見ているのだろう。
 もしかするとサキには、未来が視えているのかもしれない。

3. サイコロの目

「──トワ、トワ聞いてる?…ねえ、また暗い顔して!あたし話してるじゃん!」
 ふと、我に返って視線を戻すと、サキはムスッとしながらも笑っていた。

「…サキ、」

 一寸先は闇だと、誰かが言った。

「サキは、未来が視えるの?」

 サキは一瞬きょとんとした。と思うと次の瞬間腹を抱えて笑い出した。
 出会った頃から表情豊かな彼女は、サイコロのような、気まぐれな猫のような人だなと思うときがある。

「ねえ話聞いてなかったでしょぜったい!」
 そう言って笑うサキ。ああそうだ、返事をするのを忘れてしまっていた。
「あはは!真剣な顔して何かと思ったら!トワってほんと面白いよねぇ!あはは!はあ…。」
 笑いつかれたのかため息をついている。そんなに面白いことを訊いただろうか。思えばたしかに突拍子もない話だったかもしれない。

「トワ、」

 気付けば、先ほどまで笑い転げていた少女は、美しくも強かな女性になっていた。

 芯のある声が、春の砦にやさしく響いている。サキの茶色っぽい目を見ると、彼女の視線が真っ直ぐに私を射抜いていたので思わずどきりとした。

 瞬きの間、サキは微笑んで少し息を吸った。

「私は、未来なんてみえないし分からない。未来をみる特別な力もない。でも、トワがいてくれたからあたし今すごく楽しいんだ。もちろん、五秒前の私には想像できないくらい。明るくて楽しい未来が待ってたの。そうでしょ?」

 春のひかりを纏っては明るいサキに、目を奪われる。

 サキの見る、世界は。

4. 私たちが見る世界

「トワは?みえる?未来。」
 サキが楽しそうにしている。それを見て私もなんとなく口元が緩んだ。
「…見える、かも。」

 そう言うと顔を見合わせて二人で笑った。
 うそでしょなんて笑っているサキは、確実に今を生きる少女の目をしていた。

 二人の少女は、やわらかい春の光に包まれていた。

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