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【高時給&未経験者OK】レッテルを貼るだけの簡単なお仕事

 午前1時。何度めか分からないダイエットを始めようと思い立った玲佳は、辛くないダイエット法なるものを探していた。居酒屋でのバイトが激務で食べなきゃやってられないし、ダイエットにまで割ける時間の余裕がないのだ。まとめサイトには様々な健康法が並び、食事制限無しをうたうものも多い。次のページを見ようと画面の下部へスクロールすると、文字といらすとやだけの広告。

『【激短】レッテルを貼るだけの簡単なお仕事』

なんだこれ。シール貼りじゃないの?

サイトへ飛ぶとスマホに対応していないような画面が出る。

『未経験者OK&高時給!1日からできる簡単なレッテル貼りのお仕事です!』

もしや本当に人へのレッテル貼りなのだろうか。
よく分からないが、正直言って今の割りに合わない重労働にも偉そうな口ばかり聞くバイトリーダーにも、うんざりだった。居酒屋をやめてこのバイトで食いつなごう。そう思ったときには慣れた手付きでメールアドレスを入力し始めていた。

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「立木様、弊社へのご応募ありがとうございます。人事部の山本と申します。早速なんですけど、バイトが可能な曜日なんかはもうお決まりでしょうか。」

溌剌とした声で端正な顔立ちの男の人が話し出す。思春期特有の肌荒れは綺麗な顔に親しみやすさを与えている。
対照的に玲佳はまだ緊張が解けず、少々上ずった声しか出なかった。

「あのー、あまり多くは入れないと思うのですが、えー、木曜だけとかって入れますかね?」

彼は間延びした答えにも表情を変えることなくにこにことしている。

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白いドアを開けると小綺麗な女の人が立っていた。

「立木さん、ですよね。お待ちしてました。今日から勤務という形になってますが、分からないことも多いと思いますので、もう一度業務の説明をさせていただきますね。」

どうやら本当にレッテルを貼る仕事のようだ。あまりに人聞きの悪い広告に驚き、勢いでここまできてしまったものの、職場の人たちは優しそうだし前の職場のような人間関係の心配は無さそうだ。広告も代理店が作ったものらしく、案内役の彼女もそれには苦笑していた。

これからは小さくはあるが綺麗なオフィスでの勤務となる。先輩の説教とアルコールの臭いに耐え続ける生活から逃れ、こんなところで働くとは1ヶ月前の自分は思っていまい。

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業務はPC作業だけだ。それもかなり簡単なもので、Wordの基本的な操作さえ行えればOK。もう少しソフト使えるのになともったいなく思いつつも、月給の試算はざっと前職の1.5倍。勤務時間はかなり減っているのに。基礎化粧品のグレードアップでもしようか。いやそれより先に卒業旅行の資金貯めなきゃだな。なんにせよ貧しい学生には美味しい話だ。

書いていく内容もかなり単純で、いわゆる"あるある"を書きためていくだけだった。

一番最初にネタのモデルにしたのはあの憎きバイトリーダーだった。理不尽にキレ散らかす彼に謝罪を並べながらいつか天罰が下れとは思っていたが、こんなに早く、しかも自分の手で下せるとは。それまで溜めてきた鬱憤が軽やかな指先から金に変わっていくのは、それはもう気持ちの良いものだった。

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・自分がリーダーになった経緯を延々と話す(10回は聞いた)
・3分前と言っていたことが違う。
・「俺がいないとこの店回んないからさ(笑)」
・激しい勤務時間マウント
・店長に物申せる俺カッコいい(店長は半笑い)
・明るい茶髪で陽のオーラを纏う
・が、1人で学食にいるのを何度か目撃されている




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 あるある、もとい悪口を書いていると時間はどんどん過ぎ去った。こんなことで高時給を貰えるのだ、やらない手はない。書かれたネタは人物像によって振り分けられ、転職系サイトのコラムから週刊誌やレディースコミックのネタ、さらにはTwitterでのバズを狙ったイラストレーターのネタにまでされるらしい。かなり幅広い供給先に驚かないでもなかったが、それより自分の書いたものが世に出回る可能性が嬉しかった。
 以来、人間観察は玲佳の趣味兼職業となった。

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 行き交う人々に自然とラベリングしてしまうクセが身に付いたのはいつ頃からか。目の下のちょっと濃いチークを見ただけでふと、地雷女が歩いてる、と思ってしまった。痩せたマッシュを見ただけで、あ、2股バンドマンと思ってしまった。手入れされたワンレンと連れた子供の不機嫌な顔を見てモンペ教育ママだと思ってしまった。
 初めの頃は身の回りの見知った人間の性格をちょっと誇張して書いていたはずだったのに。気が向いたときだけかけていた色眼鏡はいつのまにか視界に溶け、水晶体に染み付いていた。

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いろいろな物に嫌悪感を抱くようになった。友人と遊びに家を出る30分前なのに服が決まらない。気に入っていた生成りのワンピースは歳不相応な森ガールの服みたいに見えてしまうし、友人にもらったコミカルな柄のTシャツもヴィレバンに通い詰めるサブカル女の服に見えてしまう。

誰も気にしてない、誰も見てないなんて言葉は玲佳にとって励ましにならなかった。他の誰でもない自分が後ろ指を指し続けてきたのだ。ネタにしてこなかった服も髪型も、もはや見当たらない。
それだけではない。すぐには変えられない特徴だってバカにしてきた。スレンダーすぎたら拒食症、ふくよかすぎたらズボラ、グラマラスすぎたら媚びてる。

 視界に入る太すぎる足はまさにズボラのそれだ。脂肪吸引でもしたら良い?でもそれじゃ初期に書いた整形女じゃん。食事制限する?よくいる美意識高いやつじゃん。周りの人が気つかっちゃって美味しくご飯食べられないって愚痴られるやつ。
じゃあ何?私はどうすれば良いの?何になれば良いの?

何かがプツリと切れてしまった。

ただの戯言、軽く消費されるコンテンツだと思って書いた言葉が幾つも自分に刺さる。今までどれだけの人にこの破片が刺さったのか。どれだけの人の個性を殺したきたのか。
化粧がケバい勘違い女にならないように注意して塗ったアイラインが涙と混じって滲んでいた。うわ、こんなことくらいで泣くとか、ガチメンヘラかよ。

自分を生きたい。でもそんなこともう言えない。

なにそれポエム?不思議ちゃん気取り?イタイって。それとも意識高い系に転向した?恥ずかし、黒歴史決定じゃん。
過去の自分が嘲る。何をしても笑われている。冷や汗が背中を流れる。

薄暗い部屋にカーテンの隙間から漏れる日差しだけはいやに明るい。引きつった笑顔に崩れた化粧をのせたまま、友人からの着信を放置し続けた。

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