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創造とは過去を受け継いで未来に向けて再構成すること

 こんにちは。これまで「異なるものの中の『同じ』を見つける」ことと創造性について、9回にわたって記事を書いてきました。10回目の今回は原点に戻って、等価変換理論(ET理論)の考える「創造」について考えてみます。

 ET理論は、さまざまな科学史、技術史の創造的な業績(発明と発見)を研究して「創造」に共通する過程を解明し、体系化した理論です。そうして導き出された「あらゆる創造に共通する過程」を表したのが「等価方程式」で、それを少し簡単に図にしたものがこれです。

等価方程式(とりのぞく、とりいれる)

 この図を言葉にすると次のように表すことができます。

 「創造」とは、すでに存在するAから、Bに受け継ぐべき「ある観点での本質」を抽出して、そこにBに必要なものを取り入れて再構成すること。

 じつは、自然界にこの過程を体現している例があります。昆虫の完全変態です。キアゲハの例で見てみます。

アゲハの変態


 子孫を残すために、ライフサイクルを栄養摂取と成長に特化した時期(幼虫)と、生殖に特化した時期(成虫)に分けるという進化を遂げた蝶は、次のような過程を経て完全変態します。

① 幼虫
 幼虫は卵からかえるとひたすら食べつづけます(その食欲旺盛な様子が『はらぺこあおむし』を生んだんですね)。幼虫の身体はエサをたくさん食べて栄養を摂り、成長することに適しています。頭部には葉をかみ砕く顎があり、胸部についた足(成虫の足になる)以外に腹部には吸盤のような腹足があり、葉や枝の上を安定して動くことができます。4度脱皮をくり返して身体を大きくしていきます。
 5齢(終齢)の幼虫は、十分に成長すると頭部にある分泌腺からアタラ体ホルモン(幼若ホルモン)が分泌されなくなり、胸部にある分泌腺から前胸腺ホルモン(脱皮ホルモン)が分泌されます。すると、幼虫は動きを止めて蛹になっていきます。

② 蛹
 蛹になると、幼虫は生きながらに「解体段階」に入ります。気門系(呼吸系)、循環系、神経系の器官などを除いて、葉を噛むための口や腹足などが解体されていきます。細胞も解体されてアミノ酸のレベルにまで溶解する部分もあるといいます。
 幼虫に特有の身体の器官が解体されていくのと同時に、身体の中に散らばっていた「成虫原基(成虫の器官となる細胞の芽)」の成長活動が、解体された器官の栄養を受け取って行われます。
 こうして、溶けずに持ち越された気門系、循環系、神経系の3つの器官を中心に、成虫としての身体が作られていきます。

③ 成虫
 蛹から羽化した成虫は、幼虫とはまったく異なる姿、生殖に適した体になっています。飛び回ることができる大きな翅を持ち、口は花の蜜を吸うのに適したストロー状の口吻(こうふん)(吸収管)になっています。そして、オス、メスそれぞれ生殖可能な生殖器がつくられています。
 こうして飛び回って移動できる成虫となって、相手を見つけて交尾をし、適切なところに卵を産むという子孫を残すための使命を果たすことができるのです。

アゲハの完全変態は、
① 幼虫の段階に始まって、
② 蛹の段階では幼虫に固有のものを捨て、成虫に必要なものを導入・再構成し、
③ 成虫の段階へと展開する
という創造過程なのです。

 いかがですか? 昆虫の完全変態を「創造」というのはぴんと来ないかもしれませんが、上記のように図に当てはめてみれば、その過程が合致していることがわかります。

 このように、ET理論では、どんな「創造」も、なにもないところからつくられるのではなく、すでにあるものをどこかに受け継いでいると考えます。市川亀久彌著『創造性の科学』では、次のように言い表しています。

創造とは、歴史的な過去を受け継いで、これを新しい条件の下で、未来に向かって変換再構成していくこと

 このことは、技術史を見ても明らかです。人間はどの時代も、過去から受け継いだ技術や知識のうえに、新しい技術や発想を取り入れて、それまでになかったものを創造してきました。それが繰り返されてきた結果が現在の世界です。
 一つの例として、自動車が発明されるまでの過程について考えてみます。
現在の自動車にはさまざまな機能がありますが、「地上をより少ない力で移動する」という観点では、その原点は「コロ」と呼ばれる技術にあると考えることができます。
 重いものを地面に置いたまま曳いても、地面との摩擦力が大きくてなかなか動きません。これを並べた丸太の上において曳くと、丸太が回転するので地面との摩擦が大幅に少なくなり、小さな力で動かすことができます。コロは有史以前に発明されたと考えられています。日本でも築城などで大きな石を運ぶのに使われていました。今でも造園現場や家屋を解体しないで移動させる曳家で使われています。

コロ

 この画像は、造園会社景松園さんのHPに掲載されていました。画像には「重量物を軽々と移動できるのが”コロ”です」というコメントが添えられています。

 コロの技術は、「丸いものを転がして上の物を移動させる」技術です。丸太が1回転すると円周と同じだけ丸太が前に移動します。それと同様に、上に置かれた物も円周と同じだけ前に移動するので、丸太が1回転すると円周の2倍進みます(すごいですね!)。けれども、丸太が何本も必要で、物の移動にあわせて、後ろの丸太を前にもってこなければならない、という不便さがありました。
 コロの技術を受けつぎつつ、この不便を解消したのが「車輪」です。最初は人力で曳く大八車のようなものが発明されたと考えられています。車輪(車軸)と荷台は固定されているので、進む距離は車輪の円周と同じになりますが、「丸いものを転がして上の物を移動させる」という本質はコロと同じです。

コロから荷車

 荷車が発明されて以降、車輪の技術が時代に応じて新しいものに受け継がれていきます。
 馬が家畜化されると、馬車がつくられました。もっとも古い記録として、紀元前2500年前の古代メソポタミアのウルの遺跡から出土した、馬に曳かせた戦車(チャリオット)が描かれたレリーフがあるそうです。

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 その後、戦車に限らず「車輪のついた乗り物」が、世界各地でつくられてきました。なかでも馬車は自動車が発明されるまで、長い歴史の中で多くの改良が重ねられていきました。
 馬車の次に「車輪がついた乗り物」として発明されたのは、自転車です。自転車博物館によると、世界最初の自転車は1818年に特許が取得された、地面を蹴って進む「ドライジーネ」でした(自転車の原型と言ったほうがいいかもしれませんね)。

 「車輪のついた乗り物」である馬車がすでに存在していたこと、軽量で強度のある車輪やサスペンションの技術が実現されていたことが、自転車の発明を可能にしたことは間違いないでしょう。それにしても、車輪を縦にならべて乗るという発想は革新的ですね。自転車が発明されると、鋼鉄のスポークやゴムタイヤ、ペダルなど多くの技術が開発されていきました。
 そして、1886年1月29日、カール・ベンツが世界ではじめて「動力をそなえた乗り物」の特許を取得しました。自動車の誕生です。自転車好きだったベンツがつくった世界初の自動車は、エンジンを搭載した三輪車のようでした。ちょうど同じころ、ゴットリープ・ダイムラーがつくった自動車はエンジンで動く馬車のようでした。
 メルセデス・ベンツのホームページにはこのように紹介されています。

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 もちろん、発明されて間もないエンジンの小型化や、動力を車輪に伝えたり切り離したりするクラッチ、曲がるときに外側の車輪を内側の車輪より早く回転させる差動装置など、多くの技術開発の末に自動車が誕生したのですが、写真を見ると、それぞれ自転車の技術、馬車の技術を生かしつつ、自分で漕いだり、馬に曳かせたりという動力部分を、エンジンという新しい技術に置き換えて自動車が発明されたことがわかります。ウェブCGの記事によると、ダイムラーの自動車は馬車を改造してつくられたそうです。その後130年の自動車の進化に目を見張ります。

 コロから荷車、馬車、自転車、自動車、すべてに受け継がれているのが「地上をより少ない力で移動する」という観点での本質「丸いものを転がして上のものを移動する」です。
 空中タクシーの実験も進んでいる今、これからは自動車のどんな観点のどんな本質が受けつがれて新たなものが創造されるのか、注目です。

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