短編小説:今は年に一度の山田さん
ご近所さんと挨拶をする話。約850字。
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懐かしいバス停のベンチで、一年ぶりに山田さんに会った。
「こんばんは、橋本さん。お久しぶりですね」
山田さんは丸まった背を揺らし、去年と同じようにふがふがと笑う。
私もそれに笑って返した。
「こんばんは。今年も山田さんとお会いできて嬉しいです」
「橋本さんはお変わりありませんでしたか?」
「おかげさまで。山田さんもお変わりなさそうですね」
私たちは笑いながら、実のあるようなないような、でも形だけのものよりはずっと友好的な挨拶を交わした。そして、私がふとよそ見をした瞬間。
山田さんは姿を消した。
……あぁ、残念。
どうやらお迎えが来てしまったらしい。
山田さんに会って、山田さんがいなくなって、毎年思う。
もうちょっと、おしゃべりしたかった。
夏の夜空を見上げる。次に会うのは、きっとまた一年後。
ーー山田さんが亡くなったのは、何年前だっただろうか。
山田さんは我が家の斜向かいに住んでいて、家の前を通るといつも庭から「おはようございます」「こんにちは」と朗らかに声をかけてくれる明るいおじいさんだった。
特別なおしゃべりをするわけじゃない。それでも、挨拶をする誰かがいるというのは存外に心地いいものだったのだなぁと、山田さんが亡くなってから実感した。無くても困らないけど、無いと漠然と寂しくなるような、心のすみっこのピースが欠けたような気持ちを覚えた。
だから。
ーーあら、橋本さん。こんばんは。お久しぶりですね。
その年の盆、山田さんと再会し、挨拶された際には心底驚いた。お盆に亡くなった人が帰ってくるというのは本当だったらしい。
ーーえぇえぇ、もちろんです。盆にはちゃんと、家に帰りますよぅ。
にこにこと答える山田さんは生前と何も変わらず、そんな姿に私はとってもホッとした。変わらないものがあるということに、こんなに安堵を覚えるとは思わなかった。
死んだところで、人間なんてそう変わるものじゃない。
……ぼんやりしていたら、私の迎えも現れた。
そいじゃ、ちょっくら参りましょう。
もう辺りには誰もいない。そもそも、最初から誰もいなかった。
それでは、また来年。
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お盆もおしまいなのでそれっぽいお話。
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