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役者・三浦春馬が体現しようとしたものとは 『わたしを離さないで』

2016年放送のドラマ『わたしを離さないで』。平均視聴率は6.8%。

同じ年に放送された『逃げるは恥だが役に立つ』は平均視聴率14.5%で最終話は20%を超えている。明らかに視聴率面でヒットドラマとは言えない本作は、作品の純度も芝居の純度も高い。今もわたしの心に残る作品だ。

原作は日系イギリス人作家カズオ・イシグロの同名小説。舞台を日本に置き換えて綴ってはいるが、原作の骨格をきちんと守りつつ光を垣間見せるラストには、脚本家・森下佳子さんの手腕が光る。秀逸な脚本を素晴らしい役者さんたちが形にし、素晴らしいスタッフさんが撮る。『わたしを離さないで』は制作に関わるひとりひとりが、しっかりとかみ合って作られている。

三浦春馬さんはこの作品で、土井友彦を演じている。陽光学苑で育った恭子(綾瀬はるかさん)、美和(水川あさみさん)とともに、「提供者」としての過酷な運命を背負う彼が物語の中で負う役割は、「希望」。

主人公は恭子。ストーリーテラーでもある。優等生ゆえに自分で自分を抑えつけることが習慣になってしまっている。これほどに抑制されたお芝居を見せてくれる綾瀬はるかさんには、他の作品ではお目にかかれない。美和のほうは感情的に見えるが、精神的に恭子に寄りかかることで、もしくは恭子になり替わろうとすることでしか立っていられない、不安定なひと。

友彦は二人とともに育った幼馴染。少し優柔不断で優しい彼は、恭子と美和それぞれに対峙するとき、まとう空気が変わる。演じる三浦春馬さんがそうしていることは明らかで、込められた温度感の差が目線から伝わってくる。熱、というほどの温度差とはいえない、友彦自身も無意識の温度差。芝居でここまでできるものなのか、と驚く。

春馬さんの演じる友彦を受け、綾瀬はるかさんの体現する恭子は抑制の中に仄かな色気がこもる。相反するように、水川あさみさんの体現する美和はエキセントリックさを増す。作品後半に行くにしたがって、友彦の抱く希望が、恭子の心をも照らし出す。自身の人生を諦めていた恭子の心に、光が差し込む。そして、光は儚く消える。

本作の中で春馬さんが対峙する女優さんは皆、キャリアの中でも素晴らしいお芝居を見せてくれている。麻生祐未さんしかり、伊藤歩さんしかり。春馬さんは麻生祐未さんと対峙した時、伊藤歩さんと対峙した時、それぞれ違った友彦をわたしたちに見せてくれる。伊藤歩さん演じる龍子先生と対峙した時、友彦は希望を目に宿す。麻生祐未さん演じる恵美子先生と対峙した時、友彦の目に宿った懇願は、諦念と絶望に変わる。

龍子先生と恵美子先生は、本作においてつながった存在だ。やり方は違えど、「提供者」のにんげんとしての幸せを求めた提供される側の人。彼女たちの願いを友彦は無意識に受け取り、率直に発露する。春馬さんの演じる友彦を受け、伊藤歩さんや麻生祐未さんのお芝居が鋭さを増す。

春馬さん自身のお芝居にも注目ポイントはある。背筋がゾクっとなるほどすごい目の芝居。1話の開始からタイトルロールが出るまでだけでも、三浦春馬の凄みを覗き見てみていただきたい。

また、おそらく普通の俳優さんなら、友彦の子ども時代の特徴である「癇癪持ち」な部分を、普段の友彦のお芝居のどこかに入れ込んだと思う。だが春馬さんはやらない。「癇癪持ち」が大人の彼を描くのに必要な要素なのか。考え抜いた上にそうしたのだ。むしろ、癇癪持ちの要素は積極的に排除されているようにすら感じられる。

淡々とした原作のトーンに忠実に脚本と演者が再現。ドラマらしい起伏とラストに仕上がっていて作品自体にも力がある本作。演じていて、春馬さんもやりがいを感じたのではないだろうか。

ドラマ『わたしを離さないで』は、間違いなく三浦春馬の代表作である。

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