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大女優の”等身大”が映し出すもの 映画『オードリー・ヘプバーン』

全然知らなかった。金曜ロードショーで『ローマの休日』を放送していたなんて。

ちょうどその時間、ウォン・カーウァイ監督の『欲望の翼』を観ていた。のちに『恋する惑星』や『ブエノスアイレス』で有名になるウォン・カーウァイ監督初期の傑作である『欲望の翼』は、綺羅星のごとき香港映画界のスターたちのお芝居と、美しい映像を90分たっぷり堪能できる作品だ。

観おわってからTwitterを覗いて気づいたのだ。金曜ロードショーで『ローマの休日』を放送していたと。不朽の名作だし、最近は配信も充実しているからそれほど見逃したことにショックはなかった。それより、なぜ今『ローマの休日』なのかと考えて、思い当たったことがある。

映画『オードリー・ヘプバーン』の公開だ。
ハリウッドを代表する名女優・オードリー・ヘプバーンの自伝的ドキュメンタリー。映画館で流れた予告編で公開されることを知った。日比谷の某映画館にはポスターも貼ってあった。
調べてみたら、地元の映画館ではまた公開1週間しか経っていないのに、もう1回しか上映されないらしい。早く観に行かねばと、慌てて予約した。

テレビで『ローマの休日』を放送してくれなかったら、映画館で観る機会を失っていたかもしれない。


今更説明不要だとは思うが、ざっくり紹介

オードリー・ヘプバーンを知らない人など、このnoteを読んでくださる方の中にはいないだろうと思う。だが一応、簡単に紹介しておく。

オードリー・ヘプバーンは、ハリウッド黄金時代を築いた伝説の女優。代表作としては『ローマの休日』や『麗しのサブリナ』、『ティファニーで朝食を』などが挙げられる。

清楚で可憐なイメージとキュートな笑顔が印象的な女優さんだ。ファッションアイコンとしても有名で、ファッションデザイナーのユベール・ド・ジバンシィがデザインした衣装を好んで着ていたことでも知られている。

そういえばその昔ローマへ旅行に行った時、スペイン広場に座ってジェラートを食べようとしたら、禁止されてたことを思い出した。やってみたかったのに。日本に帰ってから友人に話してみたら、同じ経験をしてた人がいっぱいいて、なんだか笑ってしまった。

『ローマの休日』のオードリー・ヘプバーンを真似てみたくなる人が、世界中にあふれかえって、スペイン広場での飲食が禁止になる。

すさまじい影響力。

それほど彼女の演じたアン王女は元気いっぱいで、キュートで、憂いを帯びた気品にあふれていたのだった。

知らなかった経歴

『ローマの休日』撮影当時はまだ23歳だったらしい。妖精のような美しさと無邪気さ、恋の終わりのもの悲しさ、王女としての気高さの全てを体現したオードリー・ヘプバーンは、映画初主演にしてオスカー受賞。映画の神様に愛された人なのは知っていたが、本作を観るまで全く知らなかったことがいくつかあった。

バレエ経験

第二次世界大戦中のオランダでバレエを習い始め、かなり本格的にやっていたそうだ。どのくらい本格的かというと、オランダから母とともにイギリスへ渡り、イギリスバレエ界で活躍する舞踊家の開催するバレエ団へ学びに行くレベル。

ただ、バレリーナとしては高身長であること(170cm)、戦争下で栄養失調となり、成長期に筋肉がつかなかったことでバレリーナへの道はあきらめざるを得なかったらしい。

若き日の出演映画の中には、バレリーナを演じた作品もあったそうだ。本作の中で紹介されている。

そういや、『パリの恋人』でフレッド・アステアと共演してるじゃないか。観てないものだから、頭の中から「オードリー・ヘプバーンは踊れる」という情報が抜け落ちていた。なにも分かってなかったなと、恥ずかしくなる。

舞台人として

『ローマの休日』出演前に、ブロードウェイで上演された『ジジ』という作品で主演を果たしている。ブロードウェイで200回以上上演された後、『ローマの休日』の撮影を挟んでアメリカ各地を回ったそうだ。

彗星のごとくハリウッド映画界に現れたのかと思っていたが、とんでもない。若干23歳にして、ブロードウェイで主演を張れる実力の持ち主だったのである。

いや、さらにその前の経歴をさかのぼって調べてみたら、ウエスト・エンドでも舞台に立っている。地道に舞台でお芝居を磨いてキャリアを花開かせた人だったのだ。シンデレラ・ガールではなかったのである。

人が積み重ねてきたものは、どこでどう花開くか分からないものだ。

とまあ、ハリウッドを代表する女優としての姿しか知らなかったということに否応なく気づかされると同時に、やはり昔の自分は映画も役者さんの表現もちゃんと観ていなかったのだなと、愕然とした。
オードリー・ヘプバーンの表現をきちんと見つめなおしたくなる。

”等身大”のオードリー・ヘプバーン

この映画は、どうみても「大女優オードリー・ヘプバーンの足跡をたどり、偉大なハリウッド映画界のミューズである彼女を称える」映画ではない。

かつて出演した映画のワンシーンも勿論たくさん使われているのだが、メインになっているのは彼女の肉親(息子、孫)や友人の口から語られる言葉と、プライベートな映像、普段の写真などだ。

スクリーンの中にいたのは、ハリウッドで頂点を極めた大女優ではなかった。家族を愛する、どこにでもいる普通の女性だ。普通でないところといえば、女優としてあれだけの立場にいながら、普通で居続けたことだろう。

ナチスに傾倒して家族を捨てた父の愛情を、大人になってからも欲し、愛したパートナーとの関係に苦しみながら、家庭を・家族を強く欲した人。誰よりも愛されたかった彼女は、やがて作品への出演を控えるようになり、ユニセフ親善大使としての活動に心血を注ぎ、訪問先で出会った子どもたちにたくさんの愛を注ぐようになっていく。

映画の仕事にはプライドを持って臨んでいたと思うのだ。映画『マイ・フェア・レディ』で歌の部分を吹き替えられたことにだいぶ失望していたそうだ。本作の中で吹き替え前の彼女の歌声を少しだけ聴けたが、吹き替えなくちゃいけないほど下手ではなかった。ただ、吹き替え歌手のマーニ・ニクソンが凄すぎただけ。

けっして仕事が嫌いだったわけではなく、やりがいすら感じていた。演じることに矜持もあった。
だが彼女は、家族を、友人を、世界中の子どもたちを愛することを大切にした。
愛されることを誰よりも欲していたのに、愛を与え続けた人。

ハリウッドの大スターという感じは、まったくしない。

終わりに

等身大のオードリー・ヘプバーンをまっすぐに映し出すこの映画からは、監督であるヘレナ・コーンさんの「同志としての敬意」を感じる。そこにあるのは、ハリウッド映画界のミューズに対する崇敬ではなく、あくまで「隣で背中を押してくれる存在」へのリスペクトだ。

観客の私の目に映った、オードリー・ヘプバーンとは。
可憐な容姿の内側に、努力を続けられる才能と、スターの矜持と、利他の精神と、大きな愛をあわせ持った「まれびと」。

おそらく、ハリウッド映画界のように大きなお金が動くところでなくとも、俳優を生業にしている人は、似たような努力をしておられるだろう。

調べたら、オードリー・ヘプバーンは
オスカーだけではなくてトニー賞も受賞している。
ぼんやりしていて、成し遂げられる偉業ではない。
いかにすごいことか、ピンとこない方はどうか調べてみてほしい。

ハリウッド映画界の第一線と少し距離を置いた後、ユニセフ親善大使としての活動を収めたフィルムに映る彼女の姿を観た感想を、最後に置いておく。


追伸 我がご贔屓への手紙
オードリー・ヘプバーンが演じた役は、いずれもあなたにとても良くお似合いだと思います。

『ローマの休日』のアン王女。
『麗しのサブリナ』のサブリナ。
『ティファニーで朝食を』のホリー・ゴライトリー。
『マイ・フェア・レディ』のイライザ。

きっと大勢のファンが、あなたが演じるのを心待ちにしているに違いありません。

しかし私が、あなたに一番似合うと思うのは
オードリー・ヘプバーン自身です。

理由は先ほど本文に書きました。

可憐な容姿の内側に、努力を続けられる才能と、スターの矜持と、利他の精神と、大きな愛をあわせ持った「まれびと」。

大竹しのぶさんがエディット・ピアフを
ライフワークとして何度も演じておられるように、
あなたがオードリー・ヘプバーンを
ライフワークとして演じてくれたら素敵だなと思います。
きっと、極上の舞台となるに違いありません。

願いが叶いますように。ずっと祈り続けます。

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