見出し画像

7月観劇記録 NODA・MAP第26回公演『兎、波を走る』

今年のNODA・MAPは高橋一生さん、松たか子さん、多部未華子さんが主要キャストをつとめる豪華布陣。熾烈なチケット争奪戦をくぐり抜け、東京公演で2回観に行くことが出来たのは、ラッキー以外の何ものでもなかった。


観劇日・キャスト


2023年7月8日(土)マチネ / 7月22日(土)マチネ
場所:東京芸術劇場プレイハウス

キャスト(敬称略)
脱兎:高橋一生
アリスの母:松たか子
アリス:多部未華子
元女優ヤネフスマヤ:秋山菜津子
シャイロック・ホームズ:大鶴佐助
作家1:大倉孝二
作家2:野田秀樹

あらすじ


以前、140字にしては我ながら秀逸に書けたあらすじがあるのでそちらから引用。

感想

『桜の園』のトレース

この作品は、大枠としてチェーホフの『桜の園』を使っている。ラネーフスカヤは「ヤネフスマヤカジコ」になり、ロパーヒンは何故か「シャイロック・ホームズ」になり、チェーホフ本人は知恵豊富になる(ダジャレか)。

元ネタの『桜の園』は、没落貴族のラネーフスカヤが借金という現実を受け入れられず、結局借金のかたに所有していた思い出の桜の園を競売にかけられ、土地をロパーヒンに買われて出ていく…というお話。『兎、波を走る』でもヤネフスマヤさんは思い出の『不思議の国のアリス』(結末が違うのだが、次第にその結末は別な世界へとリンクする)を懐かしみ閉園する遊園地のステージで上演したがる。シャイロックがヤネフスマヤさんに惚れてるとこも一緒。で、最終的に遊園地を買うのはシャイロック・ホームズで2人はバーチャル世界で生きる。

枠組み自体はほぼ『桜の園』で、『桜の園』をトレースすることで「現実に向き合わず、バーチャルに逃げ込むことで自身を保とうとする現代人」を描いてるように思えた。ヤネフスマヤカジコもシャイロック・ホームズも、実は客席と板の上をつなぐ役割を担っていたことに、終盤ようやく気づく。

身体能力高めの2人 高橋一生さんと松たか子さん

知恵豊富が書いた脚本。上演中いきなり壊れ掛けの迷子相談所にアリスの母が登場する。脱兎が飛び込んでくる。リアルとバーチャルがリンクする。アリスはどこへ行ってしまったのか。

にしてもアリスの母役の松たか子さんも、脱兎役の高橋一生さんも、おそろしい運動量である。まあよく走るし、あれだけ身体が動くのもすごい。

そして2人とも声が良い。板の上で大きな武器となる声を2人とも持ってる。この2人については、セリフが聞き取れなくて「?」となる瞬間は皆無。聞き取れないストレスはゼロである。

野田秀樹さんの描きたかったもの

潰れかけた遊園地をしだいに別な世界へと変えていくのは、2人の名優のみならずアンサンブルさんも含めた全員である。遊園地で上演される作品は『不思議の国のアリス』に『ピーターパン』。親のいない物語だ。よど号ハイジャック事件や成田闘争まで絡んできて、リアルとバーチャルの境目が曖昧になっていく。

言葉遊びの洪水の中からあるキーワードが出た時、観客全員が突き付けられた未解決の拉致事件。きっと同じ人の顔を思い浮かべたに違いない。松たか子さんの姿が、多部未華子さんの姿が、実在の人物に重なる。

忘れちゃいけないことを忘れずにいる以外で、何がわたしにできるだろう。そんな風に考えた。

取り返しのつかない渚の懐中時計は、いつか返ってくるのだろうか。

兎=USAGI=USA-GI

脱兎がUSA-GI(アメリカ兵に化けた北朝鮮の工作員)であること、USA-GIであるからこそ亡命できたこと、「じっくり見ちゃダメなんだ。兎(=USA-GI)に見えないから」、という”フリ”、すべてがつながった時何度も頭をよぎったことがまたよぎる。

いったい、野田秀樹の頭の中はどうなっているのか??と。

毎度毎度、NODA・MAPの公演に来るたびに思う。言葉遊びはずっと若い時からやってれば思いつくのかもしれないが、ただそれだけでは人間魚雷やら、シベリア抑留やら、日航機墜落事故やら、北朝鮮拉致問題やらを浮かび上がらせることなどできるわけもない。心の中の問題意識・言葉遊びといった野田秀樹自身の内面世界と、俳優として身体を動かすことで生まれるものがいいバランスで組み合わさって生まれるパワーは、他のカンパニーには無いものだ。

俳優さんたちのお芝居について

まず高橋一生さん。映画でもテレビドラマでもご活躍だけれど、NODA・MAPの舞台での彼ほど生き生きと楽しそうな姿は、他の作品では滅多に観られない。『フェイクスピア』でもそうだったけど、物語の後半、彼の演じている役がナニモノなのかが分かってからは、フェイクの世界で圧倒的にリアルな存在となる。

松たか子さんは、舞台女優としていま最もパワフルな人と言って良い。下手すりゃ周りが弱いとぜーーーんぶ持って行ってしまうぐらいのパワーのある人だ。だが高橋一生さんや秋山菜津子さん、大倉孝二さん、大鶴佐助さんが強力だし何せ上手いので、いい塩梅で強烈で、いい塩梅で明るく温かい母だった。ラスト近く、感情の波に溺れることなく谺に耳を傾ける彼女の涙は、とても美しかった。

多部未華子さん。舞台では初めましてだが意外と声が良い。身体能力は一生さん松さんに及ばないものの、かわいらしさと凛とした透き通った通る声が印象的で、アリスにぴったりだなと思った。

秋山菜津子さん&大鶴佐助さん。『桜の園』の枠組みを借りて「ふつうのひと」として板の上と観客をつなぐ重要な役を、さも簡単かのようにサラリとこなす姿はカッコ良かった。

大倉孝二さん。『フェイクスピア』では会えなかったからやっと会えた。2回観たけど比較的自由にやって良いと言われているのか、なんか色々違いすぎるけどアドリブか??という箇所がちらほら。存在自体が面白かったのでぜひまたNODA・MAPに出てほしい。

終わりに

パワフルな俳優さんたちによって実現された、天才・野田秀樹の舞台。そんな印象だった。WOWOWで放送があるそうなので、観られなかった方はぜひWOWOWで。録画して何度か観ることをおススメする。

あとからだけれど、高橋一生さんと松たか子さんが舞台に立ってくれる人でよかったと心から思えた。東京芸術劇場プレイハウスでスタンディングオベーションをする人たちを横目で見ながら、わたしはあまりの衝撃で立ち上がることが出来なかった。あれだけの衝撃をくれる作品と俳優さんに出会えるなんて、めったにできない経験だ。

一緒に行った娘の口からは、「すごかった」しか出てこなかった。

つまりは、そういう作品である。

いただいたサポートは、わたしの好きなものたちを応援するために使わせていただきます。時に、直接ではなく好きなものたちを支える人に寄付することがあります。どうかご了承ください。