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愛を渇望した女性を時代が翻弄する ミュージカル『マタ・ハリ』

そもそも、私はなぜミュージカル『マタ・ハリ』のチケットを取ろうと思い立ったのだろう。確かに片っ端から、気になるミュージカルは観てやろうと思ってはいた。おそらく、ホームページのこのビジュアルが強烈に目に焼き付いたからだろうと思うのだが、はっきり覚えてはいない。

キャプチャ

梅芸ネット会員の権利を行使して抽選に申し込んで当たった席は、まさかの前から2列目。周囲は柚希礼音さんのコンサート「REON JACK」のチラシや自作のグッズをお持ちの方、『マタ・ハリ』のグッズをお持ちの方がチラホラ。

オーケストラピットがあったので、手が届きそうという距離ではなかったけれど、人生2度目の神席(1度目は『イリュージョニスト』)での観劇に、またしても時折息をするのを忘れ、マタ・ハリの感情が私にダイレクトになだれ込み、何度か卒倒しそうになった。

オペラグラスなしでもはっきり見える役者さんの表情、動き、感じる歌声の圧。はっきりと、「生で観て良かった」と断言できる公演だった。

あらすじ

そもそも、マタ・ハリって誰?という方のために、Wikipediaの記載をここに引用しておく。

マタ・ハリことマルガレータ・ヘールトロイダ・ツェレは、フランスのパリを中心に活躍したオランダのダンサー、ストリッパー。

マタ・ハリは元はダンサーとしての芸名だったが、第一次世界大戦中にスパイ容疑でフランス軍に捕らえられ、有罪判決を受けて処刑されたことで、後世に女スパイの代名詞的存在となった。ただし、彼女のスパイとしての活動については不明確な部分が多い

出展:Wikipedia

劇場で観る前は、「女スパイの数奇な運命」を描く物語なのかと思っていたが、観るうちに「女スパイの数奇な運命」ではなく、「愛を求め続けた一人の女の、時代に翻弄されつづけた生涯」ではないかと感じた。

そしてその印象は、決して間違ってはいなかったと観終えた後に確信した。

愛の人 マタ・ハリ(柚希礼音さん)

最初に登場して踊るシーンから度肝を抜かれることになるとは思っていなかった。

露出の多いマタ・ハリの衣装を着て踊る柚希礼音さんの、美しいこと。均整の取れた身体にしっかり筋肉がついていて、でも無駄な肉はついていない。女の私から見ても惚れ惚れする。それでいて踊りはしなやかで強い。

そういえば、柚希さんは長いこと宝塚歌劇団で、星組のトップスターを務めておられたんだった。星組は「踊る組」の印象が強い。踊る組のトップを長く務めた柚希礼音さんのダンスの実力は伊達じゃないということか。

ある日、マタ・ハリの出待ちをしていたアルマンと出会い、やがて恋に落ちるマタ・ハリは、自分の過去について彼に語る。

父が小さいころ事業に失敗して、両親が離婚したこと。早くに結婚した年上の夫の暴力がひどかったこと。やがて離婚することになり、パリへやってきたこと。仕事が無くて、苦労したこと。

今でこそダンサーとして脚光を浴び、成功しているものの決して順風満帆というわけではなかったマタ・ハリ。両親の離婚後に頼った親戚や、離婚した夫が、彼女を「愛を渇望する女性」に仕立て上げてしまったのではないかという気さえする。

屈折した人 ラドゥー(田代万里生さん)

マタ・ハリをスパイとして利用するため、楽屋にやってくるフランスの将校・ラドゥー大佐。ステージを絶賛しているのは、利用する気持ちからではなく心底パフォーマンスに惚れ込んだからにも見える。個人的には、そう思いたい。

フランス軍が苦境に立たされているため、ドイツ軍の情報を得て少しでも戦況を優位に運びたいラドゥー大佐は、とにかくマタ・ハリを利用しようとする。危ない橋を渡らせた結果、ドイツの将軍ヴォン・ビッシングにマタ・ハリは怪しまれることになる。

ラドゥーは思い通りに動かないマタ・ハリにイラつきながらも、次第に愛し始めていく。ストレートに愛情を表すことはないが、アルマンを愛するマタ・ハリを目にして醜い嫉妬の目になる、田代万里生さんの細やかなお芝居が圧巻だった。

少し前に、井上芳雄さんのコンサートにゲストで出演されていたのと、『スリル・ミー』のライブ配信を拝見して、歌唱力もお芝居も素晴らしいなと思っていた万里生さん。歌はもちろん、お芝居を生で観られるのを楽しみにしていた。期待を裏切らないパフォーマンスは素晴らしかった。

ラドゥーは本当に嫌な奴で、客席から見ていてぶっ殺してやりたくなる役だ。愛情はゆがんだ形でしか示さないし、アルマンには偉そうだし(よく考えれば上司なのだから当たり前だけど)、国を大切に思っているけど戦場に行くわけでも、自らの手を汚すわけでもない。だけど、ラドゥーは嫌な奴であればあるほど、マタ・ハリへの愛情の深さを感じさせる、屈折した役でもある。

田代万里生さん、またどこかでぜひ観たい。次はどの公演に出演されるのかチェックしておこうと思う。

実直な人 アルマン(東啓介さん)

まず、アルマン役の東啓介さんは登場した瞬間にびっくりした。

で、デカ!!

後で身長を調べたら190cmとのこと。いや、それ以上に顔が小さくて手足が異様に長い。マタ・ハリを演じる柚希礼音さんだって172cm。宝塚歌劇団のトップスターだったお方だ。そんなに小さく見えるのはおかしい・・・と見た目に気を取られていると、うっとりするような低音ボイスで歌い始める。

身体の大きさからして、低めの声なんだろうと想像はしていたものの、予想以上に響く迫力のある声だった。

アルマンは、上司であるラドゥーに命じられて、マタ・ハリのスパイ活動を監視するために近づくのだが、元来実直な男である彼は、マタ・ハリにすっかり魅せられ、本気で彼女を愛するようになる。

『マタ・ハリ』の中で私が特に印象深いナンバーは、ラドゥーとアルマンの2人で歌う「二人の男」。田代万里生さんと東啓介さんの2人でこの曲が聴けるのは、控えめに言って本当に最高だった。歌唱力で殴り合いってできるものなんだなと初めて感じた曲。何度も聴きたいのでぜひCDを発売してほしい。

踊る人・柚希礼音さん(マタ・ハリ)と宮尾俊太郎さん(ヴォン・ビッシング)

ドイツの将校・ヴォン・ビッシング役を演じておられるのは宮尾俊太郎さん。宮尾俊太郎さんと言えばバレエ。

宮尾さんがキャストに名を連ねていて、踊らないなどということがあるのだろうか?いや、ないだろう。踊るよね? と悶々としているうちに第1幕が終わって、もしかして踊らないのか・・・?と思っていた。

そしたら、やっぱり宮尾さんの見せ場は用意されていた。第2幕が始まって早々に、ヴォン・ビッシングが踊る。マタ・ハリも踊る。いやはや、実に美しい。眼福である。

柚希礼音さんは、元宝塚歌劇団星組トップスター。その柚希さんとK-BALLET COMPANYでプリンシパルを長らく務めていた宮尾俊太郎さんがダンスで共演するとは。何という贅沢だろう。

とにかく宮尾俊太郎さんのピルエットが、本当に本当に美しかった・・・
生で観られた幸運に、感謝したい。

終わりに

法廷に乱入してきたアルマンを誤って射殺してしまったラドゥー。亡骸を抱いてすすり泣く、マタ・ハリ。
マタ・ハリのアルマンへの愛の深さを知った時の、ラドゥーのまなざしが忘れられない。

処刑される当日、鉄格子のなかにいるマタ・ハリに、衣装係のアンナ(春風ひとみさん)が会いにやってきて、いつものようにこういう。

マタ・ハリ:「今日のお客は?」
アンナ:「大入り満員です」

マタ・ハリは、戦争を取り巻く国の事情に翻弄された犠牲者だ。

彼女はいつもダンサーとしてステージに立ち、観客を魅了し続け、拍手喝采を浴びる存在でありさえすれば良かったのではないだろうか。むしろ、そうあることを望んでいたのではないだろうか。

スパイ活動は、何らかの都合でやらざるを得なかっただけ。彼女の生涯を描くミュージカル『マタ・ハリ』を観て、史実はどうだったのか分からないけれど、強くそう感じた。

マタ・ハリが渇望した愛。これ以上ないほど求めた愛。
ラストシーンでマタ・ハリが湛えた、満面の笑みが脳裏に焼き付いている。

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