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【ネタバレなし】新ジャンルを築く舞台作品 『朗読劇・湯布院奇行』


これは、朗読劇ではない。


朗読劇、と聞いてあなたの頭には何が思い浮かぶだろうか。台本をもって、椅子に座って、前を向いて、台本に書かれていることを読む。表現は主に声だけ。舞台上にいる俳優さんの、そんな姿を想像しなかったか。

朗読劇、と銘打たれた『湯布院奇行』という作品に興味を惹かれたのは、演出に土井裕泰の名を見つけたからだ。

土井裕泰さんと言えば、テレビドラマなら『ビューティフルライフ』、『カルテット』、『逃げ恥』など数々のヒット作の演出を手掛け、映画では『いま、会いにゆきます』、『花束みたいな恋をした』の監督をされている。
まあつまり、彼が演出すると聞いたなら、脚本がよほどつまらないものでない限り「見る価値は絶対にある」と思わせてくれる作り手さんなのである。

では脚本はどなたが? と調べてみると、燃え殻さんの書下ろし原作を佐藤佐吉さんが脚本にしたという。

誤解を恐れずに言うと、このお二人のお名前にはそこまで惹かれなかった。しかし、黒木華という名前には、大いに興味をそそられた。

いちばんフックになったのは、「歌唱 コムアイ」とホームページに書かれていたことである。

歌唱? 歌唱って何??
朗読劇だよね?

もはや、作品中のセリフを借りれば私の頭は「バグ」っていた。
「朗読劇」と「生歌唱」が一緒に成立する世界線を、観てみたくてたまらなくなっていた。

そんなわけで先行抽選に申し込んだところ、見事に当たったのだった。

チケット代は7,500円。普段国立劇場でミュージカルを頻繁に鑑賞する身としては、このお値段は破格に感じる。

発券したチケットを仕事用のカバンに詰め込んで、私は9月28日の朝、家を出たのだった。

思い出の地・新国立劇場中劇場

『湯布院奇行』の公演が行われる新国立劇場中劇場は、私の思い出の地だ。

5年前の7月、私はここで春馬ローラに出会って、興奮しながら家路についたのだった。当日現地に着くまでそんなつもりは全然なかったのだけれど、どうしても地縛霊のような思いが、私にまとわりつく。

いつも、新国立劇場に向かう時には、隣の東京オペラシティの地下にあるサブウェイで軽くサンドイッチを食べてから行っていた。私はなんとなくその習慣を破りたくなって、1階のエクセルシオールカフェに入って、コーヒーを飲みながら、何だかよく分からないツナ味のサンドイッチをゆっくり食べた。

窓の向こう側を眺めた。新国立劇場のほうへ向かって歩く人が、たくさん横切る。新国立劇場へ向かっているのか、初台駅へ向かっているのかは何となく歩くペースで分かる気がするから不思議だ。

ぼんやりと、今回の出演者・成田凌さんと黒木華さんの顔を思い浮かべた。地縛霊のような思いはいつの間にか、彼らへの期待に変わっていた。

朗読劇とは?

そもそも、朗読劇の定義って何なのだろう。
台本もって舞台に立って、それを読んでいれば朗読劇なのだろうか。『湯布院奇行』は、そんな風に思わせてくれる不思議なジャンルの作品に感じられた。

ストレートプレイだと言えば、ストレートプレイにも見える。

コムアイさんが歌うんだから、ミュージカルじゃないのかと言えばそう言えなくもない。

座って台本を見ながら読むんだから、朗読劇だと言えば、朗読劇だ。

しかし、こんなふうにグダグダと考えるのは観た後だからだ。

ジャンルにとらわれない、あらゆる「表現」

ネタバレにならない範囲で申し上げよう。

演出・土井裕泰さんの野心作と言っていいと思う。歌、映像、声、音楽。あらゆる表現手段を使って舞台の上で繰り広げられる世界は、主人公の体験した非日常に、観客である私たちを飲み込んでいく。

とにかく、こんな世界をこんな見せ方でこちらにポンと投げてくる舞台には、お目にかかったことがない。

土井さん、次ありますよね??と早くも訊きたくなってしまう。

コムアイさんの歌・成田凌さん/黒木華さんの声

そして、大変に音楽的な舞台作品だった。

なんせ、コムアイさんの歌は観てる私たちに不思議なほどまっすぐ届くし、作品の世界観とも絶妙にマッチしていた。理屈抜きにして、彼女の歌に惹きつけられている自分を感じて、少し混乱したくらいだ。

成田凌さんと黒木華さん。お二人とも(正確に言うと、黒木華さんは『ハムレット』でオフィーリアを演じているのを拝見したことがある)映像作品の印象が強いが、なんと素直に観客へ届く声をお持ちなのだろうか。正直、声で感じただけでも、この2人にはもっと舞台に立ってほしいなとすら思った。

もしかして、「朗読劇」という言葉には、演者の「声」があなたたちに届く演劇ですよ、という意味合いを込めたのかもしれない。そんな風に思えてきた。

終わりに

やっぱりこれは、朗読劇じゃない。

少なくとも、道行く人たちが「朗読劇」と聞いてイメージするものの姿とはかけはなれた作品だった。土井裕泰さんの野心は、私たちをとんでもないところに連れて行こうとしているのではないだろうか。

『湯布院奇行』は、新しいジャンルの幕開けになるかもしれない。ネーミングセンスがないが、「ネオ・朗読劇」とでも呼んでおこうか。

きっともっと、カッコいいネーミングを考えてくださる方がどこかにいると信じている。

とにかく、観たことのない世界に心地よく浸ることが出来た。初演初日に立ち会えた幸運に、感謝したい。

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