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銀ちゃんねるとクラシック音楽のレコードが入った思い出ある黒い箱


私が幼少の頃は、音楽やアートは、野原に咲く草花のように、ごく自然な形で自分の身の回りにあった。


NHKの”みんのうた”というテレビ番組があり、番組で歌う歌の楽譜と歌詞が載った小冊子が、毎月一冊だったか、NHKから配られていたのを覚えている。楽譜も読めない年頃だったとはいえ、歌詞と楽譜が印刷された小冊子が定期的に届くことを、心待ちにしていた。姉たちと、これを歌おう、あれを歌おうと、溜まった小冊子の中からテレビで覚えた歌を選んでは、よく歌っていたものだった。

私が小学校四、五年生の頃だったか、母が、娘たちのためにと思ったのだろう、ある日から月に一度、なんとクラシック音楽のレコードが届くようになった。45回転(!)のレコードが入った箱は、外側が黒い化粧紙で覆われた丈夫な作りの箱で、上蓋にはレコードに収録された曲に沿った、巨匠と呼ばれる画家たちが描いた絵があった。

残念ながら曲名までは覚えていないのだが、例えば、マネの”笛を吹く少年”の絵であったり、ルノアールの”ピアノを弾く少女たち” の絵があったことは覚えている。


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笛を吹く少年 エドワール・マネ 1866年 油彩 161cm  x  97cm


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ピアノを弾く少女たち ピエール・オーギュスト・ルノアール 1892年   油彩 116cm  x 90cm


私にとって、この毎月の配達物は、クラシック音楽と絵画の両方を同時に楽しめるこの上もない贅沢品だった。自分の誕生日か、近所にあった神社のお祭りか、はたまたお正月が来るのを楽しみにするかのように、レコードが届くのを心待ちにしていた。


ここ一、二年のことだろうか、ヨーロッパの空港や、駅にあるストリートピアノの動画をYouTubeで見つけ、そこから日本でもストリートピアノが流行り始めていることを知った。色々なピアニストたちが、自分たちを自己表現する場の一つとしてストリートピアノを活用し、思い思いにピアノを弾いている様子をYouTubeで観て楽しんでいた。この動画がきっかけとなり、”銀ちゃん”と呼ばれるピアニストのことを知った。


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銀ちゃんねる
https://www.youtube.com/channel/UCHLi3f8qgrW3eogF-rrCl-w/videos


”銀ちゃんねる”と命名された動画チャンネルで、銀ちゃんのピアノ演奏と、その手元動画を初めて観た時には、あまりの素晴らしさに言葉を失った。右に左にと流れ動く指は、ピアノの鍵盤の上を踊っているかのようで、”打鍵”という言葉とは無縁のもののように思えた。そのしなやかな動きが生み出す音は、ふくよかで、豊さと優しさに溢れていた。演奏を終え、軽く握りしめられた手が鍵盤からゆっくり、そっと離れるさまは、音楽に対する敬意が込められているかのようだった。

銀ちゃんの動画には特徴があり、作曲した音楽家や曲の背景、時には弾く際のちょっとしたアドバイスなどが画面の右上に解説として表示される。今まで知らなかったような音楽史が解説の中にあったりして、それがもう一つの楽しみでもあった。

何回目かの動画を観て、あれ、ちょっと待って、これっと思った。そう、母が、私たち娘のために注文してくれた、毎月届く、45回転のレコードの入ったあの黒い箱!銀ちゃんの解説と演奏動画は、私にとって、まさに幼少の頃、心待ちにしていたクラシック音楽のレコードの入った、そして、マネやルノアール などの巨匠たちが描いた絵のある黒い箱そのものだった。

この胸弾ませる思い出が、こんな形で蘇ってくるとは思いもしなかった。この思いがけない素敵なめぐり合わせを、これからも大事に、大事にしていきたいと思う。ありがとう、銀ちゃん、これからもよろしくね!


Photo Credit:                               銀ちゃんねる
https://www.youtube.com/channel/UCHLi3f8qgrW3eogF-rrCl-w/videos


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