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深井一希「今は少しでも長く現役を続けたい」〝様々な出会いがまた男をピッチへ手繰り寄せる〟

北海道コンサドーレ札幌の深井一希が公式戦のピッチに戻る準備を一歩ずつ進めている。8月25日の札幌大学との練習試合で10か月ぶりの実戦復帰を果たすと、その後もチームの全体練習を消化しながら、現在は、公式戦復帰を目指しトレーニングを重ねている真っ最中だ。

「痛みもある程度のところまでは落ち着いてきたので。ここからは今の現状を受け入れながら、補強トレーニングでよりよくしていけるようにという感じですね。まだ復帰して1ヶ月も経ってないので、色々と大変ですけど、やり続けるしかないです。」

改めて、これまでの深井と膝の負傷変遷を振り返りたい。

2013年11月 左ひざ前十字靭帯断裂
2014年 8月 右ひざ前十時靭帯断裂 内側半月板損傷
2015年 7月 右ひざ前十字靭帯損傷
2016年 8月 右ひざ内側半月板損傷
2017年 4月 左ひざ前十字靭帯断裂 内側半月板損傷 外側半月板損傷
2022年9月 右ひざ前十字靭帯断裂
2023年11月 右ひざ前十字靱帯損傷 右膝内側半月板損傷 右膝軟骨損傷

1度の負傷でも大きな影響が出ると言われる、膝の負傷をこれだけしながら、今なお第一線の舞台に戻ろうする選手を私は他に知らない。

そんな深井が自身5度目の手術に踏み切ったのは昨年11月。今回は、試合や練習中に明確なアクシデントがあったわけではないというが、日々の痛みが限界に達し、手術か?引退か?の2択を迫られた中、深井は迷わず、手術を選択した。

だが、今回の手術は軟骨移植の手術を伴ったこれまで以上の難手術。他競技での復帰例こそあるものの、Jリーガーでは前例のない手術だという。

深井自身も術前から〝覚悟〟はしていたものの、想像以上の激痛でしゃがめない時間も続き、一種の諦めの気持ちもなかった訳ではない。

そんな、深井にとって、希望の光の1人となってくれたのが佐藤義人氏。ラグビーの日本代表をはじめ、札幌でも駒井善成を始めとした、各界の一流選手もゴットハンドと慕う名トレーナーだ。

「僕はもともと生まれ持ったものが大きいのかなというところで(左膝の骨が生まれつき3分の1離れる)諦めかけて行っていたところもあったんです。治療院のある、京都までも遠いし、時間やお金もかけて、5回目のこのタイミングでやる必要があるのかな?という気持ちも正直、ありました。ただ、そんな気持ちの僕を「これだったらいけるかも!」という風に思わせてくれた。佐藤さんには、感謝しかありません。」

一体、佐藤がゴットハンドと言われる所以はどこにあるのか?

「あの人はどういうエラーが出ていて、どこを改善すればよくなるというのを見つけるのがすごく早い。そして、それをトレーニングに落とし込める能力がすごいですね。僕は歩く時に右肩が下がる傾向が出ていて、まずはそこを直すところからスタートしました。あとは筋力のつき方も色々とケガをして、バランスが崩れているところがあった。特に身体は大きく見えるけど、右の大腿四頭筋の筋肉量が少なくて、支え切れてないという助言をもらったので、そこの強化に努めました。あとはつま先の指も全く使えていないとのことだったので、指を動かせるようにと強化してきました。」

シーズン開幕前のキャンプ時期から、佐藤の元へ毎月通い、8ヶ月ほどが経過。佐藤の元で数日間、みっちりと鍛え、与えられた個別メニューを札幌に戻ってしっかりとこなす日々を過ごすと、身体にも変化が生まれてきた。

「かなり大腿筋も太くなって、バランスが良くなったと思います。非常に厳しかったですが、トレーニングをしたら実際に身体が変わったので、これだったらいけるかも!っていう。仮にサボったとしたら足の太さとかで次のトレーニング行った時にバレるので…(笑)常に自分との戦いですね。」

佐藤のハードなトレーニングは、競技面にも好影響を及ぼした。以前、深井は2度目の手術をこなした後、左足のつま先の感覚が薄くなってしまったと語ってくれたことがある。だが、復帰後の練習を見ていると、その左足のタッチのフィーリングがよくなっているように感じたが本人の言葉で合点がいった。

「そうなんです。今回のトレーニングは足先のトレーニングから始めたんですけど、それでだいぶ自分の左足の感覚が戻ってきている感じがありますね。いい感じかなと思います。ただ、今は体力的なところだったり、痛みがあることにビビっている自分もいるのが課題ですね。まだ100%出し切れていないので、そういうところはもっとあげていかないと。」


そんな深井のリハビリ時期に大きな刺激を与える出来事が一つあった。それは唯一無二の間柄の神田夢実が新シーズンから、北マケドニア1部 (ヨーロッパ) FCシュクピへの移籍を果たし、ヨーロッパチャンピオンズリーグ出場に向けて、奮闘を続けていることだ。

「夢実も1回は引退することも考えていた感じだったので。実際に、あいつの辞めようかなという気持ちも理解できました。他のJ3の選手を見てても金銭面もそうですし、スポンサー企業で働いて、練習するというのが凄いきついなと感じる。でも夢実は、そこの状況の中、サッカーに繋がるトレーニング時間を優先して、今の道につながっています。あいつのサッカーが好きだという気持ち。サッカー小僧ぶりは本当に刺激になります。どこまでも変わらないですよね。本当に色々な行動に移してヨーロッパという舞台でやれているのは素晴らしいことだと思っていますし、お互いこれからも刺激をし合って頑張れればいいなと思っています。」

様々な出会いもあった、今回の充電期間を経て、深井の中でもある心境の変化も芽生え出しているという。

「日々自分と向き合うのも大変でしたし、今回、自分の事ながら、ここまでよく来れたと思っています。サッカーはもうできないかも。と言われている状態から、ここまで来れた事は自信になります。
後はこうやって頑張れば、道は拓けるんだ!という事を今の若い子たちに見せて行きたいんです。

自分を伸じ切れずに夢を捨ててしまう子が多いなと感じるんですが、不可能と言われてもやり続ければできるということを自分がこれから示していきたい思いがあります。」

そんな深井一希自身の今の夢とはなんなのか?聞いてみた。

「やっぱり普通に痛みなくプレーができるようになって、少しでも長く現役を続けられるようにしたい。こういったことは今まであまり考えてなかったですけど。僕もこれだけ大ケガを繰り返して、現役でいられる価値というのを感じるので、僕がそれを伝えられたらいいなと思いますし、やっぱり今回のケガでもたくさんのメッセージを貰って、前十字で苦しんでいる人がいっぱいいるというのもわかったので。5回やっていてもこれだけやれるというのを少しでも長く、多くの人々に見せられたらいいなと思っています。」

少しでも長く現役でプレーしたい。これまでの深井の発言からは想像し得ない言葉だっただけに少し驚いたのが正直なところだ。

彼のプロサッカー選手として紡ぐ言葉は、もはや主語がWEになっていると感じる。自分一人の為に戦っている訳ではないのだ。肩の荷をおろして、ただただ、自分の為にプレーして欲しい思いもありつつ、それが今の深井一希なんだろうとも思う。

「まだ、動き動きでズキズキするような痛みはあるのが正直なところです。」と語るように、膝が完璧な状態に治った訳では決してない。特に相手の動きに合わせる、守備時において不安もあるだろうし、今後も大なり小なりの痛みと付き合いながら、プレーして行く事になるんだろう。

だが、深井ならピッチに戻って来た時、その期間を忘れさせてくれるように、飄々と中央でボールを捌き、重戦車のようにボール刈り取る。そんな姿を見せてくれるような気がしている。

深井一希にはピッチに入る前、芝をそっと触り、自身の無事を祈るルーティングがある。

深井がタッチラインの白線を跨ぎ、芝にタッチする瞬間も、まもなく見れるはずだ。そして、そこからは、クラブの戦力として、少しでも長く現役を続ける為の戦いがスタートする。

再スタートが近づく、赤黒の8番が紡ぐ、プロキャリアの時計が少しでも長く太く続くことを願ってやまない。

そして、今シーズン、J1残留に向けたラストピースになって欲しい。

まだまだ、深井一希なら大丈夫。

ピッチに戻り、躍動する瞬間が見られるのを信じながら、もうしばし待ちたいと思う。

※写真提供 中隊長さん

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