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私は今、私を生きている

そんなの当り前じゃんって思われるタイトルかもしれないけれど、
これまで私は「私を生きていた」のかと聞かれると
「生きていなかったかもしれない」と思うようになりました。



自分の人生なのに。



それは、

私は今、私を生きている って
心から感じられるから。
この感覚がしっかりとあるからこそ、
今までは「生きていなかった」と思うんです。


いつだって「いい子」だった

「私ってどんな子だった?」と母に聞いたら、
「あなたは本当にいい子だった」と返ってきました。

そう、私はずっと、いい子だったんです。

両親が忙しそうだったら1人で過ごせた
ちゃんと家の戸締りをして、妹のお迎えも行けた
個別面談はいつも心配事がなくて、すぐに終わった
反抗期と言う反抗期もなかった

そんなに手のかからない いい子

でも本当の本当は、寂しかった時だってたくさんあった。
「おかえりなさい」ってお母さんが出迎えてくれるお友達がうらやましかった。反抗しなかったのは、いい子でいたら喜んでもらえるし反抗する勇気も持っていなかったから。本当はして欲しいことも聞いて欲しいこともたくさんあったのに、勝手に抱えた"いい子"を手放せなかったんですよね。

イヤって言えなかった

高校受験の時、周りの子は滑り止めで私立を受けさせてもらえてたのに、私だけ受けさせてもらえなかったのがすごくショックだったのを覚えています。大学受験だって滑り止めなしで一本。落ちたら浪人。
(別にかわいそうと思われたいわけじゃなくて、ただその時はみんなと違う状況に置かれたことが悲しかったしものすごくプレッシャーでした)

受けさせてもらえなかった理由は、金銭的に余裕がないからなのは分かってたし、「どうして(ほかの子は受けているのに)私は受けられないの?」
って聞いたこともあります。

返ってきたのは

「受けたって通うわけじゃないんだから(通えないんだから)、
 受けなくていいでしょ」

ごもっともなことを言われて。それはそうなんだけどさ。


でも、そうだとしても、
「みんなが受けているのに私だけ受けてなくて、ものすごいプレッシャーを感じていて辛い!」とか、「私のこと考えてくれていない気がする!」とか

言ったって良かったんです。たとえ現実が変わらなくても、私はイヤだ、辛いって言えばよかった。言ってもよかったのに、「そうだね」って全部全部受け入れて自分のイヤな気持ちを押し込めて。


その時は分からなかったけど、今だから思います。
だから苦しかったんだって。自分の気持ちを自分でないものにしていたから、辛かったんだって。

この出来事に限らず、私はいつも自分の気持ちを押し込んで生きていたんです。それは、私なりに誰も傷つけたくなかったし、何より私が傷つきたくなかったという弱さゆえなのもある。でも、子どもだったとはいえ、自分の人生を想いを大事にしていたかと言うと、全然できていなかったんですよね。



"子ども"という存在で限界はあったとしても
「私はこうしたい」
「私はこう思う、感じている」
言う権利はあった。

それがだんだんとできるようになったのは、振り返れば31歳の頃からでした。

私を生きられるようになったのは

大きな転機は、ライフコーチング(対話)に出逢ったことでした。ひょんなことから体験セッションを受けてみて、コーチから言われてすごく印象に残っていることがあります。


「人生で一度くらい、自分と向き合う時間があってもいいと思いますよ」


その言葉に、何となく惹かれたんです。

人生で一度くらい 自分と向き合ってみてもいい

人生で一度くらい、そんな時間があってもいいのかもしれないな って感じたんです。自分と向き合うことがどんなことなのか分からなかったけれど、でも、いいかもしれない。



そこで人生で初めての自己投資をしました。

そこから私の
自分と向き合う日々が始まりました。


私を生きるとは

自分と向き合うことのふたを開けてみたら、それは私がいちばん避けてきたことでした。

どう思う?
どう感じる?
それってどういうこと?
本当はどうしたい?

自分に問うこと。自分がいちばんしてこなかったこと。


続けていく中で、いかに私が「自分がどうしたいか」を選択してこなかったし、そもそも自分がどうしたいかなんて考えたことがなくて最初は分かりませんでした。

自分のことなのに自分のことが分からない。

ものすごくショックだったんです。


自分と向き合うことは楽しいばかりの時間じゃなかったし、どっちかって言うと自分の見たくないものに触れたりして泣いたことの方が多かったり。


でも、その時間があったからこそ私は今


自分が心から何をしたいか分かります。
自分がどう思うか、感じるか、
自分にウソをつくことなく分かってあげられます。
あんなに言えなかった自分の気持ちを
相手に伝えられるようになりました。
誰かや環境のせいにせず、
自分で自分をしあわせにできる選択をできます。


誰かのために時に生きることはあっても、
自分の意志で誰かのために生きている時間があるだけです。
自分がいなくなることはなくて、
自分の人生に責任を持って
たくさん失敗してたくさん落ち込みもして、
でもそれでも
「私は大丈夫」って
自分を信じて生きています。



なんだか日に日に「私を生きている」っていう感覚が
強くなってきているんです。

それは、すごくすごく嬉しいことなんです。
命が喜んでるなって感じられるから。


だから私は伝えていきます

私を生きてこなかった経験たちと、
自分と向き合った時間。
それを経て、私を生きている今。


本当に単純ではあるのだけど、
この経験たちがあったから
今度は私が誰かのお話を聴いて力になりたくて活動を始めました。


本当に一度きりの人生だから、
誰かの期待に応えて生きていたり
自分の本当の気持ちや
やりたいことをしまったまま生きるのって
すごくすごくもったいないなと思うんです。

それをしてしまう気持ちはものすごく分かります。
私もたくさんたくさんしてきたから。
でも、心の奥底ではそれをずっと続けていきたくないって
分かっていると思うんです。


だから、最後に聴きたいのです。


今、どのくらい"私"を生きられていますか?
どう感じていますか?

そこにちょっと違和感を感じるのなら、
自分と向き合う時間を過ごしてみませんか?

人生で一度くらい、そんな時間があってもいいと思うのです。

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