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「性別変更時の手術要件違憲」判決文の読解に挑戦する~第3回

【はじめに】

 本稿は令和5年10月25日付の最高裁判決(性別の取扱いの変更申立て却下審判に対する抗告棄却決定に対する特別抗告事件)、いわゆる―性別変更時の手術要件違憲判決―の判決文全文を読解するための参考資料として作成しました。

 分量が長大になるため、シリーズ投稿となっています。本稿は第3回として、判決文の結論理解を目標とします。

 判決文自体は以下のリンク先から無料閲覧が可能です。 

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/446/092446_hanrei.pdf

 シリーズ第1回のリンクはこちら。判決文の要約理解が目標でした。↓

 シリーズ第2回のリンクはこちら。判決文の構成理解が目標でした。↓

【本論に入る前に】

 前回の記事で、判決文の全体構成をお示ししました。今回の記事はそのうち、
第1:事案の概要(p.1-p.2)
 第2:本件規定の憲法13条適合性について(p.2-p.10)
 第3-1:結論そのもの(p.10-p.10)

第3-2:岡裁判官補足意見(p.10-p.10) の補足を試みます。

 (前回記事でお示しした全体構成は以下の通りになります)

 主文(p.1)
 第1:事案の概要(p.1-p.2)
 第2:本件規定の憲法13条適合性について(p.2-p.10)
 第3-1:結論そのもの(p.10-p.10)
 第3-2:岡裁判官補足意見(p.10-p.10)
 第3-3-1:三浦裁判官反対意見(p.10-p.25)
 第3-3-2:草野裁判官反対意見(p.25-p.31)
 第3-3-3:宇賀裁判官反対意見(p.31-p.36)

https://note.com/harukakanatanote/n/n5476e31d602c

【第1:事案の概要(p.1-p.2)】

 事案の概要に関しては「抗告人(Aさんとする)の属性」「特例法の解釈」「Aさんの主張」「高裁の判断」の4点に整理します。
※性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律のことを以下「特例法」と表記します。

「Aさんの属性」
・身体的性別:男性
・心理的性別:女性
・特例法:3条1項1~3号に該当(4,5号は非該当)
・生殖腺除去:未手術

「Aさんの主張」
・特例法4号要件:憲法13条、14条1項違反
・特例法5号要件:同じく憲法違反だが、自身は要件充足
※特例法3条1~5号要件はこちらを参照

「特例法の解釈」
特例法4号要件:生殖腺除去手術が必要

「高裁の判断」
・特例法4号要件:性別変更したにもかかわらず、性別変更前の生殖機能により子どもが生まれた場合、社会に混乱を生じさせかねない。性別変更時は変更前の生殖器の除去を要するとの規定は合憲。
・特例法5号要件:①Aさんが5号要件を充足するかは判断保留。②従って5号要件の規定が違憲かは判断保留。 

【第2:本件規定の憲法13条適合性(p.2-p.10)】

 第2パートは分量がやや多いため、漫然と読むとポイントがはっきりとしません。文章を再構成します。

 まず第2パートは、
 前半)関連事実の確認(p.2-p.6)
 後半)憲法13条適合性の検討(p.6-p.10) の二部に分かれます。

 前半の「関連事実」というのは、事案の概要の他にキーポイントとなる事実関係や社会情勢を押さえましょうということです。前半の関連事実はさらに4つのパートに分かれます。

 前半-1)性同一性障害(p.2-p.3)
 前半-2)特例法制定の背景(p.3-p.4)
 前半-3)性同一性障害の医学的知見の進展(p.4-p.5)
 前半-4)性同一性障害を取り巻く社会状況等(p.5-p.6)

 つまり本件違憲判決を理解するためには、前提として「性同一性障害」に関する今日的理解を深める必要があるということを気に留めてください。それぞれのパートの情報を確認します。

前半-1)性同一性障害(生物学的性別、心理的性別、法的性別)
・性同一性障害→生物学的な性別と心理的な性別が不一致である状態。医学的治療を要する。
・心理的性別→自分の意思によって左右することができない。
・治療目的→×)心理的性別を生物学的性別に合わせる
・治療目的→〇)社会的適応度を高め、生活の質を向上させる
・治療効果→性自認に従って社会生活を送るようになっても、戸籍上の性別(法的性別)が生物学的性別に基づいているため、社会的な不利益を被る場面が少なくない。
・不利益の例→就職活動時のアウティング、性自認に従った社会生活上の取り扱いを受けられない等々。

前半-2)特例法制定の背景(医学的疾患、対象者の要件緩和)
・特例法制定時の医学的根拠→「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン(~以下「ガイドライン」。日本精神神経学会)」、「国際疾病分類(ICD)第10回改訂版(WHO)」。
・医学的治療方針→段階的治療~(第一段階)精神科治療→(第二段階)ホルモン療法(+乳房切除手術)→(第三段階)性別適合手術。
・性別適合手術→ホルモン治療でも自分の身体に強い不快感や嫌悪感が残る場合の最終段階治療として位置づけ。
・性別適合手術後、法的性別が変更されなければ社会生活上大きな障害になると医学的警告。
・特例法は治療効果を高め、社会的な不利益を解消するために制定。
・性別変更審判の条件(3条1~5号要件)に関しては、「社会的環境の変化等を勘案して検討が加えられ、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置が講ぜられるものとする」と特例法に明記。
・実際に平成20年、3号要件に関して「現に子がいないこと」から「現に未成年の子がいないこと」へ要件が緩和。

前半-3)性同一性障害の医学的知見の進展(治療方針と非精神疾患化)
・ガイドライン改定(平成18年:2版→3版)。
・ICD改定(令和元年:10回改訂版→11回改訂版)。
・ガイドライン3版~段階的治療方針は見直し。必要な身体的治療は患者によって異なるとの理解のもと、ホルモン療法/乳房切除術/生殖腺除去手術/外性器除去術/外性器形成術のいずれかを選択可能に。また順序も必要に応じて柔軟に。
・ICD11回改訂版~性同一性障害は精神障害との位置づけを廃止。名称も「性別不合」に見直し。

前半-4)性同一性障害を取り巻く社会状況等(性別変更の社会浸透、LGBT理解促進法の制定)
平成16年7月以降、性別変更は1万人以上。
・国の取り組み~法務省による人権啓発活動、文科省による教職員向け教育、厚生労働省による企業要請、地方自治体による条例制定等々。
・地方自治体の取り組み~平成25年に東京都文京区を皮切りに、自治体による条例制定等々。
・企業と大学の取り組み~経団連によるLGBT理解促進提言、一部女子大のトランスジェンダー学生受け入れ等々。
・LGBT理解促進法の制定。(令和5年6月)。
・国際情勢~欧米諸国を中心に生殖能力喪失を要件としない国が増加。

 以上をまとめると、第2部前半のポイントは次の通り。これを踏まえ、違憲判断に入っていきます。

・2004年の特例法制定後、医学的にも社会的にも性同一性障害を取り巻く環境は大きく変わった。
・特例法はもともと、特例法3条1~5号要件に関しては社会情勢の変化を加味して検討を加える旨を含んでいた。
・特例法の目的は生物学的性別と心理的性別の不一致による違和の医学的治療効果を高め、社会適応度を高めるとともに、法的性別の不一致による社会的不利益を除去・軽減することを目的に制定された。

第2:本件規定の憲法13条適合性 前半部分の要約

 後半の「憲法13条適合性の検討」というのは、特例法第3条4項(生殖腺除去要件)が憲法13条の趣旨に適合するかを審査するということです。4号要件が定められたのは、無制約な性別変更は社会的混乱を生じさせかねないため、性別変更に一定の制約を課すという趣旨だと解されています。その制約のあり様が強すぎたり不要だったりすることで、憲法13条の趣旨に抵触していないかを判断していくというパートになっています。

 前半と同様に後半部分も再構成します。後半は以下の4つのパートに分けられます。

 後半-1)身体への侵襲を受けない自由(p.6-p.7)
 後半-2)制約の必要性(p.7-p.8)
 後半-3)制約の強さ(p.8-p.9)
 後半-4)合理的な制約になっているか(p.9-p.10)

 つまり本件違憲判決を理解するためには、前提として憲法13条が保護する「身体への侵入を受けない自由」に関する今日的理解を深める必要があるということを気に留めてください。身体への侵入を受ける自由に制約を課すとして、どのような制約が、どの程度の強さまでなら憲法上受忍すべきものに留まるのか。そして現状の制約は憲法に抵触しない水準に留まっているのか。こうした判断が今回の違憲判決の核心になります。

後半-1)身体への侵襲を受けない自由(憲法13条)
憲法13条は個人の尊重、生命、自由、幸福追求の権利を保障。
・自己の意思に反して身体への侵襲を受けない自由は憲法13条の保護法益。
・生殖腺除去手術は重大な身体への侵襲。
・特例法4号要件(生殖腺除去)は法的性別変更を求める場合、原則として生殖腺除去手術を要求。
・性同一性障害の治療方法として生殖腺除去手術は必須ではない。しかしそうした性同一性障害者が法的性別を変更を希望する場合、特例法は当事者に治療上必要のない手術を余儀なくさせている。
・身体への侵襲を受けない自由を制約。
・特例法4号の制約必要性と制約の程度を衡量して違憲判断を行うべき。

後半-2)制約の必要性(親子関係の混乱)
・特例法4号要件(生殖腺除去)の目的。
①親子関係等の混乱の防止(性別変更後、性別変更前の生殖能力を用いて子をなすこと)。
②急激な社会的変化を避けるための配慮。
・性同一性障害者の傾向~そもそも性同一性障害者は少数、生殖腺除去を希望する人が相当数いる、生来の生殖機能により子をもうけること自体に抵抗感を持つ人も少なくない。
・仮に4号要件がなかったとしても親子関係等に関わる問題が生じるケースは極めて稀。
・現行法でも既に「女である父」「男である母」が社会的に公認されている一方、それに伴う親子関係の社会的混乱の跡はうかがわれない。
・特例法施行後、既に1万人以上が性別変更を受けており、社会的な取り組みや法整備が進んでいることも加味すると、変更前の生殖能力により子をもうけることは社会全体にとって予期せぬ急激な変化にあたるとまではいいがたい。
・特例法が制定された当時に比して、4号要件の制約の必要性は社会的に低減。

後半-3)制約の強さ
・特例法制定当時は、生殖腺除去手術を前提とする4号要件に医学的合理性があった(段階的治療説)。
・しかし医学的知見の進展により、性別適合手術は必ずしも性同一性障害の治療に必須とはみなされないようになった。性別変更のために生殖腺除去を要するという4号要件はいまや医療的合理性に乏しい。
・生殖腺除去手術を治療上必要としない当事者にとって、生殖腺除去手術(身体への侵襲を受けない自由への制約)を受けるか、性別変更を断念するかという過酷な二者択一を強いる状況になっている。
・4号要件は過剰制約というべき。制約の程度は重大。

後半-4)合理的な制約になっているか(医学的合理性、過剰制約)
・制約の必要性は特例法施行当時(19年前)よりも低減。
・一方医学的合理性等を欠いた制約の強さは重大。
・特例法4号要件(生殖腺除去)は憲法違反。
・同種の事案を合憲とした平成30年最高裁判決の結論を変更する。

 以上をまとめると、第2部後半のポイントは次の通り。「自己の意思に反して身体への侵襲を受けない自由」の制約理解が判決を左右しました。

・憲法13条は身体への侵襲を受けない自由を保障。
・生殖腺除去要件は身体への侵入を受けない自由に対する制約。
・制約の合理性(必要性と程度)が不可欠。
・制約の必要性は低くなっている一方、制約の程度は過剰。
・以上を踏まえれば、制約に法的合理性は乏しい。
・よって違憲判決とする。

第2:本件規定の憲法13条適合性 前半部分の要約

 長くなりましたので、第2:「本件規定の憲法13条適合性」のパートの構成を図示します。こちらのチャートを参考に判決文に挑戦してみてください。

【第3-1:結論(p.10-p.10)】

 山は越えました。お疲れさまでした。結論自体はあっさりしています。要点をまとめます。

高裁の原判決は破棄。
特例法5号要件は高裁に差し戻し(高裁が未審議だったため)。
高裁は抗告人(Aさん)の主張について審理を尽くせ。

【第3-2:補足意見(p.10-p.10)】

 裁判官15人全員一致の違憲判決となりました。ただし岡裁判官より以下の通り補足意見が述べられました。

  • 判決後の立法府の対応に補足意見。

  • 違憲判決を受け、特例法4号要件(生殖腺除去)は削除見込み。

  • ただし本判決は、合憲的な新たな要件を設けることや特例法自体の法改正を妨げるものではない。

  • 4号要件削除により生じうる影響や、性同一性障害者に対する社会一般の受け止め方との調整を図るよう、立法は工夫裁量してほしい。

 今回の判決報道に触れると手術要件を違憲とする説明ばかりが目につくかもしれませんが、補足意見を見ると合憲的な新たな要件を設けることに関して言及されていることがわかります。
 これから国会等での議論が予想されるため、どんな要件であれば「身体の侵襲を受けない自由」を過度に制約しないか、そしてどんな要件であれば社会的影響との調整を図る余地がありえるのか。わたしたちの国民的な議論の積み重ねが将来を左右する可能性は大いにあると思います。

【次回予告】

 次回からはいよいよ裁判官の反対意見に進みます。反対意見は全体の3/4を占める、いわば判決文の胴体ともいえる部分ですので、しっかりサポートしていけるよう努めます。次回は「第3-3-1:三浦裁判官反対意見(p.10-p.25)」を採り上げる予定です。(了)


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