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「回路と回廊」伊南瑠音 澤田和真

本稿は、2023年10月14日〜20日にShare金沢にて開催された「回路と回廊」展での会場ステートメントである。
筆者は本展に企画・デザイン・テキストで参加している。

会場風景

 「回路と回廊」展は、絵画を主な領域とする、伊南瑠音と澤田和真、金沢美術工芸大学で学ぶ大学同期の二人の作家による展覧会である。

 本展の会場が置かれているシェア金沢は、比較的小規模の街という形式を用いて、様々な施設が複合的に構成された社会福祉から出発した場である。福祉施設や児童施設、住宅が交差しており、そのうちの学生住宅に澤田は居住している。複合施設という特性上、住宅という個人的な場所でありながら、他のユニットとのゆるやかな接続を持つ性格を持ち合わせている。会場であるギャラリーもまた、温泉施設へのアプローチの一部として設置されている。
 この場所で展覧会が開かれることを、居住者にとっては自宅で展覧会が行われ、鑑賞者にとっては居住者である作家の自宅に招かれるという意味合いがあると仮定してみたい。というのも、本展の告知は作家のSNS、大学内・Share金沢内での掲示にのみに留められており、鑑賞者はおのずと、シェア金沢の居住者、または作家の知人が多数を占めることが予想出来る。澤田はまさに自宅に友人を招待するような形で、彼の友人である伊南を出品作家として誘い、作家二人はそれぞれの知人を鑑賞者として招くこととなる。普通、それぞれの文脈に位置づけられるはずのパブリックとドメスティックの関係が、Share金沢という場所と、二人の関係性を介すことによりアトランダムに交差する。あるいは、パブリックとされている展覧会がドメスティックな文脈に転換され、ドメスティックとされる自宅がパブリックに開かれる。ドメスティックとパブリックの転換と交差、ここに本展の一つの特徴がある。

 個人性と公共性の両側面を持ち合わせるこの場所で、大学同期の友人という自然な関係から出発した二人が展覧会を行うことは、単純な貶辞としての "友達展" を敢えて引き受けることを意味している。馴れ合いや同質性のみに帰着しかねない企画であることを了解しつつも、それが何かの場を生むことに対してささやかな希望を持ち続けること。この意味において、美術という存在が、歴史的制度や資本的価値を超えて、あるいはそれらの隙間にリベラルなアクチュアリティを持って立ち現れてくる。たとえ、それがほとんど友人たちによる限定的な時間・場における幻想に復しかねないとしても。
 彼らの展覧会は、個人と公共概念の介在をきっかけとして、鑑賞者が、作家・作品・他の鑑賞者、と接続し、ゆるやかな繋がり、開かれた場所へとアクセスする自由な回路としての可能性を含んでいる。
 会場では、回廊で結ばれる施設とギャラリー内を断続的に接続させるための装置として、木材により構成した構造物を用いて作品を出現させている。ここにおける木材の意味づけは、ギャラリー内の柱の延長であり、それが複数の場所に立ち現れることによって、複合的な施設と作品との関係を結ぶことを目的としている。

 伊南瑠音の作品は、絵画におけるトロンプルイユ(Trompe-l’ 目を騙す、騙し絵)を用いた、絵画や物質のイリュージョンを手段とする平面絵画である。本展では、掲示板の形態を借りて、現実空間への干渉と、その際に発生するギャップへの着目を試みる。絵画も掲示板も壁に掛けられるものであるという共通点があるが、今回はその壁に掛けられるべき存在の掲示板が、インスタレーション的に空間に組み込まれることへのギャップにも注目している。
 澤田和真は、身の回りの植物、動物、現象など、日常から発生した関心を基点とした絵画を制作している。日本画の素描により培われた対象への丁寧な観察をベースとしつつも、ウィーン分離派への関心や山下菊二の影響から、現実には起こらない状況やモチーフの記号的な挿入、予定調和への亀裂といった表現が特徴的である。絵画の平面性や日本美術的な趣味性や装飾性を意識しつつも、具象と記号・日常と非日常を往還する、ときに構成的でときに不安定・不協和音的な世界観を提示している。

 二人の作品はギャップや違和感をテーマとし、その不確かさが画面や空間に成立してしまう"ズレ"に着目している。本来そこに挿入されるはずのないイメージが絵画というスタイルを借りて現実に出現するこの状況は、パブリックとドメスティックの反転 / 不確定化された関係に呼応する。現実の空間、挿入されたイメージ、様々なユニットからなる公共的な生活圏、それらを繫ぐ回廊…一口に記述することのできないこの場所を契機として、空間が、人間が、作品が、そしてそれぞれの主体が、併置や断絶を経て、たしかに併・共存している。

「回路と回廊」会場風景 
手前・《フラット》澤田和真 奥・《規則的で恣意的な掲示板 pseudorandom pattern》伊南瑠音

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