パズル 4 プロローグ

第五の太陽 ボリビア 二〇一二年 


ティワナク遺跡調査団長であるジム・フォクスター教授は、自分が選択した道が誤りだったのではないかと後悔することがたびたびあった。
発掘調査は気が遠くなるような地道で退屈な作業の繰り返しだ。何日間も掘り続けても目ぼしいものがなにひとつ出てこないこともあれば、掘り起こした土の運搬作業で一日が終わってしまうこともあった。

細かい破片を慎重に掘り出し、それらをある程度組み合わせてみなければ実態はつかめない。組み合わせるまでには、似たようなものを分類、記録、整理する。そして、竹ベラや串のようなもので丁寧に土を落とし、パズルのように組み合わせる。その作業に辿りつくまでにも数ヶ月かかる。組み合わせてからまったくの予想外れだったり、無意味なこともある。

歴史的発見は、そう簡単になされることはなかった。
発掘は我慢の連続だということは、過去に何度も経験していることであり、学生たちにもそう教えてきた。しかし、一年も経つというのに、価値ある発見は何一つなかった。いくつかの土器は見つかったが、たいした発見ではなかった。
日を追うごとに苛立ちが募り、最初の頃の情熱が失われていくのが自分でもわかった。出発前に、あれほど満ち溢れていた気力は、どこへ行ってしまったのだろうか。

世紀の大発見をするのは私だ。
歴史を覆す、いや、歴史を正すのは私だ。
真実を明らかにするのは私である——。
そんな意気込みでティワナク遺跡調査に挑んだフォクスター教授の意志は揺らぎ始めていた。

ティワナク遺跡は、ボリビアのチチカカ湖南部、標高約四千メートルに位置するアルティプラノと呼ばれる高原地帯にある。南米有数の遺跡であり、二〇〇〇年に世界遺産に登録されているが、遺跡の全容は解明されていなかった。学者たちは、南米は遺跡の宝庫だと認めているが、その広大さと地理的条件——ほとんどが高所にあり広範囲にわたっているため、手つかずになっているか、調査を開始しても挫折して中途半端に投げ出されてしまっているのが現状である。二〇一二年の段階で、南米周辺にある遺跡調査は、わずか四%前後しか行われていなかった。ティワナク遺跡はその四%のうちのほんの一部にすぎなかった。

ティワナク遺跡には、巨大な一枚岩の安山岩で作られた太陽の門、二百近くの人頭像石が埋め込まれた壁のある神殿、角石の柱と組み合わせた石壁に囲まれたカラササーヤと呼ばれる広場、そこから出土したモノトリート(立像)、ピラミッド状の建造物アカパナなどがあり、観光客が訪れることもあった。しかし、実情は荒涼とした平原の寂れた観光地か放置された工事現場のようだった。ここが、かつては大帝国であり、宗教的・政治的中心地だったとはとても想像することなどできなかった。多くの学者たちは、ティワナク遺跡からは、現在見いだされているもの以上の発見はないだろうと推測していた。
しかし、フォクスター教授は、今まで人類が知らなかったことが、ここで見つかるはずという確信を持っていた。

「教授、ちょっと困ったことが起きまして・・・」
深さ二メートルほどの溝の中で作業をしていたフォクスター教授に、学生の一人が上から声をかけた。見上げると太陽の光が目に飛び込んできた。フォクスター教授まぶしそうに目を細めた。額から流れ落ちてくる汗を首にかけたタオルでぬぐった。
フォクスターは、またかと思いながら地上に這い上がり、困り顔の学生の視線の先を見た。現地で雇い入れた者たちとコーディネーターが揉めていた。

「今度は何だって言うんだ?」
「来月から来ないと言ってるんですよ」
歩きながら学生が説明した。
「理由は?」
「それが、ちょっとよくわからなくて・・・。十二月が近づくからの一点張りで」クリスマスには労働をしないという習慣でもあっただろうか。フォクスター教授は首を傾げた。それともボーナスでも要求するための口実だろうか。

遺跡調査団と言っても主要メンバーは少なく、わずか数名の学生たちだけである。ボランティアを募ったが思うように集まらず、残りのスタッフは賃金を支払って現地で雇い入れるしかなかった。潤沢な資金があるわけではないので賃金は安く、予定の半数ほどしか集まらず、人手は不足していた。調査団団長のフォクスター教授自身、何度も掘り返した土を運搬する作業にあたるほどだった。

「なんと言ってるんだ?」
話し合いが難航していたコーディネーターは、教授の顔を見て安堵のため息を漏らした。現地の若者が、フォクスター教授に向かってアイマラ語でしゃべり始めた。
「十二月が近づいてくる。そう言ってるんです」とコーディネーターが通訳した。
「十二月がどうしたって?」
そう言った瞬間、フォクスター教授はあることを思い出した。
フォクスターは太陽を指差し、確認するように若者の顔を見た。
「太陽のことを言っているのか?」
若者は目を細めながら太陽を見つめ、静かに肯いた。

中南米には、古くから共通した運命論が伝えられていた。
二〇一二年十二月二三日、第五の太陽の時代が終わるとき、地球が動き人類が滅亡する。
科学的根拠がまったくない宗教的な言い伝えは、思いのほか土着民族の間に根強く浸透しているようだった。

中断するか──。

中止ではなく、一時的に休むだけだ。そうだ、休息も必要だ。
そう思った途端、フォクスター教授の脳裏には、やわらかく清潔なベッドで、テレビ映画を見ながらくつろいでいる自分の姿が浮かび、忍耐力が失せていくのを感じた。

その後、フォクスター教授の率いるティワナク遺跡調査団が再結成されたのは、十年以上たってからのことだった。

二〇一二年十二月二三日、そしてそれ以降も何事も起こらずに月日は流れていった。

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