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第五章:迷い森へ4 樫の木庵のマボ-大賢者ニルバーニアと双頭の魔女-

そして、一言いっただけで、あいさつもなければ、名前も名乗らず、ぷいと背中を向けて森の中にすたすたと歩いて消えてしまったのです。
これには大人たちはすっかり顔を見合わせ、誰もが心配そうな表情を浮かべました。本当にあの立派で世界でもとびきり高名なニルバーニア様のお知り合いと信じていいのか、かわいい子供たちを任せるに足る人物なのか、疑念がわいたからでした。

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しかし、モモはもう我慢できなくなっていました。実はモモは恐れていたのです。やっぱり子供3人だけで迷い森に挑戦させるのはあまりに危険だ、この計画は中止にしよう! と大人がいつ言い出すか気が気ではなかったのです。なぜならモモはしつけにうるさいシュールレの奥さんが苦手でしたし、屋敷の中でマナーを守にながら窮屈に暮らすのも退屈だったのです。
モモの願いは一つ、帰る時間も気にせずに野を駆け回ることでした。それが、幸運にもあちらから舞いこんできて、今そのチャンスを手にしているのです。モモはぐずぐずしているマボとネネに言いました。

「何をしているの、あなたたち! 早くしないと日が暮れてしまうわ! お日様は私たちのことなんか待ってはくれないのよ、さあ、早くあの男の人を追いかけましょうよ! それじゃあ、シュールレの奥様、ごきげんよう!」

そう言ってマボの手をぐいぐい引いて、森に入ってしまいました。シュールレの奥さんは、

「モモ、気を付けるのですよ! 双頭の魔女様に会ったら、レディらしくきちんとご挨拶なさいよ!」

とさすがに心配そうに、悲しげに見送ったのでした。

籠の中から飛び出して自由になった小鳥のような気持になったモモは、最初から張り切っていました。ぐいぐいマボの手を引いて、先を急ごうと躍起です。

「ほら、マボ、早く歩いてちょうだい。おじさんを見失ってしまうわ!」

しかし、森に入ってすぐに、マボはネネがついてこないことに気付きました。ですので、立ち止まってネネを呼びました。

「ネネ、早くおいで。森は入ってしまえば怖くなんかないよ。思ったよりずいぶん明るいよ!」

実際はマボも怖くて仕方なかったのですが、3人の中で唯一の男の子です。精一杯、とりつくろってがんばっていました。

すると、モモはもう耐えられませんでした。履いていたよそ行きの赤い靴を脱ぎ棄てると、リュックから使い古した淡い紫色のシューズを取り出しました。モモはこのお気に入りのシューズをはくと、一目散に森の奥を目指して走って行ってしまいました。


マボ:5歳の男の子。少し臆病で控えめだが、優しい子供。家は貧しく、町はずれの傾いた掘立小屋で暮らしている。
モモ:5歳の女の子。おてんば、おしゃべりで元気な子供。施設育ちで、街一、二位を争う金持ちシュールレ奥さんにひきとられている。
ネネ:5歳の女の子。お金持ちの子供で、つんとおすまししたお嬢様。

ニルバーニア:めったに人界に姿を現さない大賢者。若い娘のような顔立ちだが、老婆のような話し方をする。動物(特に鳥族と仲が良い)と話すごとができ、様々な魔法を使うことができる。自宅のログハウスでは、猫のピッピをかわいがっている。

キッチュ:エルフの女の子。愛しのバブバブ坊やを探している。人間の子供を見つけると、虫に変えようとする。

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