見出し画像

火のくつと風のサンダル-ウルズラ・ウェルフェル-(読書感想文)

1922年生まれのウルズラ・ウェルフェル(ヴェルフェル)はドイツを代表する児童文学の作家です。
初めて読んだのは『灰色の畑と緑の畑』という作品です。これは、貧富の差、移民問題、人種差別、戦争、老いと孤独、離婚といったテーマを描いている児童向けの作品で、”ほんとうの話”とまえがきで紹介されています。
端的で簡潔な文章で描かれ、子供向けのため表現は控えめですが、重いテーマの短編が並んでいます。

『灰色の畑と緑の畑』を読んでウェルフェルに強い関心とシンパシーを持った僕は、次に彼女の代表作『火のくつと風のサンダル』を手に取りました。
こちらはうってかわって、ほのぼのとした物語で、ミヒャエル・エンデなども受賞しているドイツ児童文学賞を獲得した作品です。とはいえ、いわゆる児童文学とは一味違っています。

ちびででぶで貧しいチムという子供と、靴職人のお父さんが旅に出るお話です。
チムは他の子供に容姿をばかにされ、いつも気にしています。
そんなチムに対して、お父さんは一緒に旅にでることを提案します。
靴を直して生計を立てているお父さんは、旅に出ても靴を直してお金を稼いだり、宿を借りたりできるんですね。
そんなお父さんは、チムが悩むたびにユーモアをまじえたたとえ話を披露して、彼の心を柔らかくときほぐします。

ちなみに、タイトルにあるのは、旅のためにお母さんに用意してもらった履物を「火のくつ」「風のサンダル」と呼ぶことにしたからです。
2人はネイティブ・アメリカンのように、チムは「火のくつ」お父さんは「風のサンダル」と互いを呼び合うのです。

翻訳を担当された関楠生さんは、ウェルフェルのことを「心で書く作家」と評されています。

”ウェルフェルの作品をつらぬくものは、子供の世界に対する鋭敏な感覚と、やさしい心情と、あたたかいユーモアでしょう。”
※火のくつと風のサンダル、後書きより

僕が尊敬し、好きである作家にヨハンナ・シュピリ(ハイジ)がいますが、なるほど、彼女も「心で書く」というのがあって、作品に魅力を感じるんだなと思いました。
もちろん、ウェルフェルとシュピリでは作風は違うわけですけれども…。

『火のくつと風のサンダル』にはウルズラ・ウェルフェルの、子供(チム)に対する温かいまなざしが、随所にちりばめられています。
ウェルフェルは第2次世界大戦で夫を失い、一人娘を育てました。そういった経験も、影響しているのかもしれません。

-以下ネタバレあり-
印象に残ったシーンを2,3紹介します。旅は終盤にさしかかり、少年チムはお母さんに宝物をおみやげにあげたいと古い城をみつけて、中を探し回ります。しかし、宝物がみつからないばかりか、地下に落ちてしまいます。
そのチムをひきあげたお父さんは”「地下室で宝物をみつけたぞ。世界中で一番の宝物だ。これを、おかあさんのところにもっていったら、きっと、よろこぶだろうなあ。」”

旅を続けていた2人はいよいよ家に帰りたくなり、ふわふわうわつきながら、広っぱで休憩します。お父さんは「広っぱから外へ出ちゃだめだよ」と注意して、寝てしまいます。しかし、チムはいいつけを守らずに森の奥に入ってしまい、迷子になりかけて怖い思いをしました。戻った時には近くで遊んでいたと内緒にしますが、その晩、チムは自らをタカに例えて、本当のことを話しました。
すると、お父さんは怒るわけでもなく、さらにそのお話に付け加えました。
”「あとで、おまえが大きくなったら、ひとりで、広いの世の中に飛んでいくだろう。 そのときには、もう暗い森やまっくらな湖なんか、こわくはない。それに、正しい道もわかっている。だが、今はまだ、おとうさんのそばにいなくちゃいけないよ」”

長旅を終えたお父さんとチムは、お母さんのいる家に戻り、互いに喜び合います。
とはいえ、旅から帰っても、やっぱり他の子供たちは、チムの容姿をばかにします。
でも、チムは最後のおはなしをベットの上で、お父さんとお母さんに聞かせました。
”「『したいなあ、できたらなあ、いいだろうなあ』っていう名前の、かわいそうな男の子は、たくさんの願いごとをしたために、とてもつまらなくなって、たいくつしてきたんだけれど、とうとう、あることを思いついたんだ。つまりね、もう、なんにも願いごとをしなくなったんだよ。ぜんぜん、なんにも…おわり。」”
”「それでね、ぼくも、もうなんにも、願いごとをしないことにしたよ。ぼくはおとうさんとおかさんの、ちびででぶのチムだっていうことが、とてもうれしんだ。おとうさんもおかあさんも、やさしいなあ、うちにいるってことは、とてもいいことだね。」”
チムの言葉をうけて、お父さんがいいました。
”「これまでおとうさんが聞いたうちで、一ばんいいお話のおしまいだね。火のくつチムや。」”

チムのような心境に到達するのは容易ではないでしょう。ですが、読むと心が爽やかになる素敵な作品です。
児童文学を探している方、お子さんに読ませる本を探している方、是非手に取ってみてください。


この記事が参加している募集

#読書感想文

189,831件

ご覧いただきありがとうございます!