トイレはきれいに使いましょう

 疲れて帰った日、私はトイレの二段蓋を間違えてどちらも開けて座ってしまった。
 ひんやりした感覚と共に、魂が抜けて水の底に落ちる。

 床(のようなもの)に尻餅をつく。周りは暗闇。起き上がってみると、一点だけ光が指している場所があった。
 近寄ると、そこには黒い泥の塊があった。光は目玉のように二つあった。自分に気づいたのか、こちらに光が向く。
 ズズズと向かってくるのが怖くて逃げた。

「……んぅ」

 気がつくと、尻をトイレにはめて気絶していたようだった。
 改めてトイレを見ると、そこかしこが汚れていた。

「……掃除くらいはしないとな。Gが怖いし」

 そうして、忙しくても掃除はするようにした。


 また別の多忙だった日、また間違えて座り、魂が抜けてしまう。
 底につくと、今回は辺りが晴天のごとくよく見えた。

「またいらっしゃいましたな」
「うわっ!?」

 声に驚いて振り向くと、髭もじゃで杖をついてるお爺さんが立っていた。

「ん? またって、どこかで会いましたか?」
「あぁ、あのときは汚れにまみれていましたから、儂とは気付かんかったでしょうな」
「あ! あの泥だらけ!?」
「左様」
「もしかして、俺が長い間洗わなかったから?」
「それも左様」
「すみませんでした……」
「よいよい、お主が掃除をするようになったお陰で、ここも光を取り戻した」
「それは何より」
「うむ、これからもよろしく頼むぞ」

 気がつくと、また尻をはめて気絶していた。
 トイレはあの頃とは見違うほど、白く輝いている。

「……この夢はなんなんだろうなぁ」
「夢じゃよ」
「は?」

 横にはさっき夢に見たお爺さん。

「じゃから、疲れすぎて駅のトイレにはまって頭打って、そこからお主、一週間意識不明のままなの」
「……どこから夢でした?」
「最初から」
「……」
「多分すぐに目を覚ますと会社とやらが面倒なことを言うと思うてな。少し細工させてもらったぞ」
「何故、そんなことを? てかあなたは誰?」
「儂は儂のところにお主が来てからいつも綺麗に保ってもらっておるトイレの神様その人じゃよ」
「あ、そこは同じなんだ」

 そういえば、親からの言いつけでトイレだけはいつも清潔に保っていた自分を思い出した。

「……ほんとに神様っているんだな」
「しかもお主、他のところのトイレも綺麗に使うからそこらの神友から好評じゃったぞ」
「ほんとですか」
「そのお陰で儂がお主の危機に気づけたと言ってもいい」
「……ありがとうございます」
「うむ。これからも大切にしてくれ」
「はい」


「……んぅ」

 気がつくと、白い空間に自分がいた。
 体の至るところに色々なものがついている感覚。横に設置されている計器が凸凹な線を定期的に刻む。
 つまり、私は病院にいる。

「これが現実か」

 二段夢とかされたせいで、この現実さえ現実味がなかった。
 しかし、

「……トイレ行きてぇ」

 この尿意だけは、現実を感じさせてくれた。

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