生きているだけでいい

人間は身体から離れられないからこそ、身体によって外側から様々なことを規定されている。

急な身内の不幸があり、喪服を着ることになったので、普段はかないストッキングを履くことになった。

私は非常に毛深く、何も処理していない時の足や腋の下を見たら誰も私が女性の身体を持っているものだとはわからないぐらいだ。

私は夏など手足の露出がある時は仕方なく毛を処理しているがいつも悔しいような負けたような気持ちになっている。
なので、周りの人が永久脱毛が楽だよ、と教えてくれるたびに、「そういうことじゃないんだ」という気持ちがあった。

女性は、女性という身体を持っているからそのまま「女性」としてみなされるのではなく

・まつ毛、眉毛以外の毛がない(それ以外はムダ毛とされる)
・体型が華奢である
・身だしなみが整っている
・顔立ちが男性の目線から見て可愛らしいと思われる
・男性から見て「気が利く」
・服装、髪型からして「女性」に見える

ことで初めて女性としてみなされるという事実がある。女性は女性の身体として生まれただけでは女性ではなく、上記に書いたような女性の条件をクリアして初めて男性側から女性とみなされるという事実が、非常に受け入れ難かった。

生まれてから身体の特徴、特性により勝手にあてがわれた性別が、そのまま生きているだけではだめで、さらにそこからその性別に見られるためには、人工的に手を加えそれに時間やお金をかけなくてはいけない、そしてそれが「当たり前」とされ、それらをやらないと「女をサボっている」などと言われたりメディアで当然のように喧伝されそれを多くの人々が疑いもなく受け入れその価値観を内面化していることに違和感を感じていた。

私はずっとその違和感を自虐ネタにしたり、逆にその「あえて」女性になることを演じていた時期もあった。そうやってやり過ごすしかできなかった。

そして「きれいでいなくてはいけない」という圧力があるというのにも関わらず「きれいに見せるための化粧」を「外でやってはいけない」ということも理解ができなかった。それらが「マナー」とされていることも納得ができなかった。
外側から「きれいでいろ」という圧力をかけておきながらなぜ、その行為を隠さなくてはいけないのか?

きれいでいろ、しかし男性の見えないところで「身体改造」(化粧や脱毛など)をしろということが、それが公共のマナー(ソトにはウチのことを持ち出さない)だということは理解しながらも、気持ちとして受け入れることはできなかった。

風呂場で、明日ストッキングを履くために冬の間蓄えたすね毛を剃っていく時に、自分は自分の身体でさえも受け入れることができない性別を生きているのだと思う。そして、その圧力に抵抗することができない(毛を剃ったり化粧をしてしまう)ことがとても悲しい。しかし、そのまま生きるということが抵抗になるという状況は、それだけそこには日常的に「変われ」という圧力があるということだ。にも関わらず、それらを「当たり前」として受け入れ、進んで身体を改造することが美意識とされている現状は、社会の価値観への過剰適応でしかないと思う。そしてその過剰適応は、上記で書いたような価値観を加速させる。

身体的特徴だけでなく、女性というのは男性から見て女性として規定された条件をクリアして初めて「女性として」認められるという構造が、また男性にも男性としての条件が存在することも、人が社会で生きていくことを息苦しくさせる理由だと思う。

汚くてもいい。

きれいでなくてもいい。

そういう社会になった時に、では私自身の価値観はどう変わるのか?

私は自らが強いルッキズムを持っていると自覚している。

私のこの傾向は外側から自らに向けられるルッキズムに対する抵抗とそれらに支配されないために自ら支配する側にまわる無意識の防衛だと思っている。

なんで私がお前らに勝手にジャッジされなくてはいけないのだ

ジャッジするのは私の方だ。

という感覚だと思う。

しかしそれもまた支配被支配の構造から逃れられていないことも、そう言いながらも現実では毛を剃り化粧をしている身からすれば矛盾も甚だしいことも知っている。

「私」は「私」でさえも自由にすることができない。

人間をがんじがらめにしているのは、身体ではなく、単なる身体にジェンダーという政治的価値観を一体化させたことで複雑になってしまった。

本能というものは社会に生きている人間には存在しない。

この何千年も続いた価値観を内部から分解することはおそらく不可能のような気がするが、がんじがらめになった先は自滅しかないのだと思う。

このまま人類は何年もの時間をかけて自滅していくのだろう。

そこに少しだけでも抵抗したという痕跡を残すことくらいしか、あと私の残された寿命の間ではできなさそうだ。




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