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武蔵御宿捕物帖-2

あらすじ

 辰之助は八王子千人同心だ。日光東照宮の火の番を勤めあげて帰る途中の扇町屋で捕り物に出くわす。その時あった男の笑顔に引っかかって、所沢まで行ってみた。出会ったのは、男とは似ても似つかない小柄な少女だった。
 捕り物の男(実は女)は、所沢の岡っ引きだった。相棒と共に町を守っていた。件の少女とは姉妹の間柄。悪い虫なら容赦しない。

小鉄、馬五郎

 さて、所沢寄場組合に八州廻り見回りのお触れが届いたのは、6月の20日のことで、すぐに名主から小鉄に声がかかった。

「悪いが、扇町屋へ行っとくれ、内緒仕事だからおおっぴらにはせんようにな」
 八州廻りのいるところで事件が起ったら、大事になる。できれば何事もなく通過してほしいのだ。小鉄にも思い当たった。小鉄は日ごろから所沢村の商家に出入りしていて、暇なときは奥で取次などをしているのだ。商家の旦那からは『お前は名主の預かりだけど、あちきは番頭だと思っているんだからね、しっかりやっとくれ』といわれている。そんなわけで、見た目には普通の番頭の風ではあるのだ。
 そこへ、いつもやって来る扇町屋の旦那が
「手が足りないのに事件ばかり起きる」
とこぼした。扇町屋は大きな市が立つ。とはいえ、大きな取引はたいてい河岸で終わってしまう、そっちは仕事師しか出入りしないが、三と八の市日には、町場の方にも仮小屋の見世市を立てていて、香具師が結構面白い出し物をすると評判だ。
 今問題になっているのは、かどわかし。町娘を誘惑して、うまくいけば連れ去ってしまおうという輩がいるというのだ。幸い、水際でお先っ走りを捕まえた、というところまでは聞いた。

 小鉄が浮かない顔で商家へもどってくると、反対側の家から馬五郎が顔を出した。筒っぽ(筒袖の着物)に脚絆姿は、いままで荷駄仕事をしていたに違いない。すぐに、通りへ走ってでてきた。
「どうしたのさ、出張るのかい?」
 澄んだ声はどう聞いても女声だ。
「おはるよぉ、少しは怖いと思えないのか」
「だって岡っ引きなんだから仕事をしなくちゃ」
ふふ、と笑う。

 おはるは馬五助の名をいただく岡っ引きだ。先代馬五助には男子がいなかったから、誰か養子でもという話があったものの、町内一の剣の腕を見込まれて、八州廻り(手代の高橋又十郎)に名指しされたものだ。男衆の恰好をして立ち回れば、とても女とは思えない、背の高い筋肉質の後姿は、普通の男ならはだしで逃げてもおかしくない。
 それもそのはず、馬五郎がおはるの剣の腕に目をつけ、お目こぼしすれすれの(農民が剣の稽古をしてはいけない、というのも法度)稽古場通いが実現して、見る見るうちに腕を上げたのである。道場主は寺子屋主でもあり、寺の中に家を借りて「いろは」やら往来物やらを教えていた。寺子屋の手伝いをする代わり、子どもたちが帰った後に剣の奥義を教えてくれたのだ。武士の身分を持ってはいたが、仕官のために上役廻りをするのに嫌気がさし、俳諧師匠としての腕を生かして戯作者として生きることにしたのだという。カカと笑う、父・馬五郎亡きあとの後ろ盾でもあるのだ。

 そんなわけで、小鉄と二人、扇町屋に出張ったのだが、捕まえたのは件の4人組ばかり、ただ、この逮捕の様子が大々的に高札で触れられたこと(八州廻りの手先が扇町屋に来ておる)と、八州廻りの見分が近いと知らせ、厳しく格段のお達しを列挙したことが効いたらしい。町のそこここにあった与太者の動きが消えた。
「どうも、入りこんでいた浪人どもは、上州の方へ行ったらしい」
というのが、扇町屋の岡っ引きの見解だった。
 あの後、寄場組合総惣代の名主の半円文にいわれて、もう一度扇町屋に聞き込みと助っ人に出張ったのだが、そんなわけで、すぐに所沢村に帰ることになり、おはるは馬方の仕事に戻り、小鉄はおたなの雇い番頭に復帰したのだ。もちろん、事あればすぐ岡っ引きに戻ることになる。

 おはるは三人姉妹で、おさきとおなつ、どうしたわけか下の二人は小柄だった。『多分飢饉のときが育ち盛りだったからだよ』とは、隣のおけいばあさんの言い草だ。
 おはるが捕り物のときいっしょに動くのは件の小鉄、幼馴染である。そのガタイで小鉄かよ、というのが煮売り屋へ行ったときの一つ言葉だ。そういって囃されてもだからどうということもない。ただ、名前が知れるのはちょっと困る。岡っ引きとはそうしたものだ。
 小鉄の親は鉄太という、やはり岡っ引きで、先代馬五郎と組んでいた。
 岡っ引きというのは、八州廻りが見分にまわるときの道案内のことで、昔は地方三役のうち、組頭などが勤めることが多かったが、時代が過ぎるにつれ、担当する家が決まって来ていた。いろいろ面倒なこともあるし、取り締まりにかかる裏の連中の動きも調べることが必要だったからだ。村からいくらかの米が出る。いわば危険手当のようなことであったが、暮らしていけるほどは出ない。それで、おはるの母親は、角の見世蔵を借りて煮売り屋をやっていた。今はおけいばあさんが預かって、末の妹のおなつも裏方ながら手伝いに立つようになった。
 中の妹、おさきは15のときにサッサと結婚して、中宿の御店(おたな)の奥で帳場に座っていた。2人の子どもの母である。おさきはひときわ小柄で今でも少女のように見える。それが大恋愛をして、しかもハッピーエンドだったのだから、まわりもおどろいた・・・が、これは別の話。

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