【短編小説】殺意の蜷局 第2話
夫が部屋着に着替えてあたしの前に座り、お鍋の中のドロドロに溶けた白菜を嫌な目でじっと見ている。
夫があたしの目を見ずに呟いた。
「何だ、これ」
あたしの中のヘビがむくっと首を擡げる。夫が一か月ぶりに口を開いた言葉が、「何だ、これ」とはどういう事なのか。
「あんたが遅かったからじゃない、あんたが女のとこに行ってたからじゃない。知ってるのよ、あたしは。女がいるんでしょ、女がいるんでしょ」
その言葉を、あたしはあたしの中のヘビに無理やり呑み込ませた。口の奥でガリっという音がした。あぁ、また奥歯が欠けてしまった。
言いたい言葉を飲み込む度に歯を食いしばるから、どんどん奥歯が欠けていく。最近は全く固いものが噛めない。大好物の唐揚げも痛くて噛めないから、味を楽しむ事が出来ない。丸呑みするからだ。
まるでヘビだ。
そのうちあたしの中のヘビが、あたしを丸呑みしてしまうのかもしれない。そうなったら楽になれるのかもしれないと、たまに思う時がある。ヒトでいる事が辛くなってきている。
あたしはヘビになりたいのかもしれない。
目の前でドロドロの白菜を口に入れている夫を見ながら考える。いつからあたしたちはこんな風になったのだろう。どうして愛は永遠に続かないのだろう。
たぶんあたしたちの間に大きなきっかけはなかったような気がする。結婚して生活を共にするうちに、少しずつ失われていってしまったのかもしれない。
年月が愛を奪うのか。
年月を重ねる事で愛が深まるのではないのか。もし愛が減っていったとしても情というものが残るはずではないのか。
「水、足したら」
地の底から聞こえてくるような夫の冷え切った声が聞こえてきて、あたしは暗い現実に引き戻されていく。
(つづく)
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