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【連載小説】砂の城 第3話

 真っ白な世界。

 未映子は真っ白なドレスを着て、ふわふわと踊っている。五歳の未映子の姿がそこにあった。

「お母さん、可愛いって褒めてくれるかな」

 未映子は楽しそうに踊っている。前を向くと、母親が少しずつ近づいてくる姿が見えた。

「お母さん」と未映子は嬉しそうに手を振った。
 少しずつ近づいてくる母親に駆け寄ろうとした未映子の目に、眩しい光が突き刺さった。

 未映子がじっと目を凝らして見ると、母親の手にはガラスの灰皿が握られている。

 母親はその手を高く高く振り上げた。

「やめて、お母さん」


 目を開けると白い天井が一番に目に入った。

「ここは?」と誰に聞くでもなく呟いた未映子の目に、次に映ったのは、見知らぬ男の泣き顔だった。

「良かった。未映子、良かった」

 そう言いながら、未映子にしがみつくように泣いている男。

 この男はいったい誰なんだ。

「誰?」と聞こうとする自分の声が、この男の泣き声でかき消された。

 未映子は、苛立つ気持ちを抑えきれず起きあがろうとするが、男が邪魔で起きあがることが出来ない。

 未映子は泣いている男の背後に、眼光の鋭い男が立っている事に気付いた。

 未映子と目が合うと、男は軽く一礼をした。

 顎がシャープで目が鋭い男。この男も誰なのだ。いくら考えてもわからない。ああ、それにしても泣きながらしがみついてくる男が邪魔で仕方がない。

 そんな未映子の気持ちに気付いた訳ではないだろうが、目の鋭い男が泣いている男の肩を叩き、なかば押しのけるようにして近づいてきた。

 未映子は何故かその男から目が離せなかった。

「高木未映子さん」

 そう男が呼びかけてきた。

 好きな声だなと場違いな思いを未映子は抱いた。

 鋭い目の男は胸ポケットから黒い手帳を取り出し、慣れた手つきで縦に開いて、未映子の目の前に差し出してきた。

 ああ、これはテレビでよく見る警察手帳というやつだなと、未映子は思った。

 そうか、この男は刑事なのか。だからこんなに目が鋭いのか。

 未映子は手帳を見ながらぼんやりと思った。

 名前は狩野猛と書いてある。

 じゃあもう一人のこの泣きじゃくっている男は誰なのだと不審に思っていると、狩野が言った。

「奥様の意識が戻られて良かったです」

 奥様?奥様ってどういう事なのか。私はいつ結婚したのか。というか、私はいったい誰なのだ。

 狩野の説明によると、母親の遺体の側で私は倒れていたらしい。隠れていた犯人に頭を殴られたらしい。殴られる前の私から連絡を受けた夫がかけつけて私を見つけたらしい。母親と私が倒れているのを見つけた夫が警察を呼んだらしい。

 らしい、らしいと言っているのは、全く記憶がないからだ。何一つ覚えていない。というか、殴られる前の記憶も全て消えてなくなってしまっていた。

 何もない真っ白な記憶しかなかった。


 (つづく)

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