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【短編小説】殺意の蜷局 第6話

 準備は完璧だ。

 ただ、さっきから毒を盛るタイミングが全くわからない。毒を盛る事に関しては素人だからやり方がわからない。何かに混ぜればいいのだろうけど、何に混ぜるのがいいのか。毒の量も全くわからない。どれだけ入れたらヒトは死ぬのだろうか。中途半端にダメージを与えてしまったら、確実にあたしがダメージを食らってしまう。

 味の濃いいものに入れたらいいかもしれない。そうだ、ポン酢に入れてみよう。夫がドロドロの白菜を毒入りポン酢で食べる姿を想像して、なんだか楽しくなってきてしまった。

「何笑ってんの」

 夫が見たくもないものを見てしまって後悔しているような表情であたしを見ている。えっ、今あたし笑ってましたか。そうか、さっきの夫と一緒で漏れてしまったんだ。

「別になんにもないよ」

 久しぶりに声を出したので、何を言ってるかわからないぐらい声が枯れていた。こんな声だったっけ、あたし。

 もしかしてもう既にヘビになってしまったのではという恐怖に耐えきれず、立ち上がって洗面所の鏡の前に行く。

 そこにはいつもの自分の顔がぼんやりと映っていた。

 大丈夫、あたしはまだヒトだ。

 何食わぬ顔で部屋に戻ると、ポン酢が切れている事に気付いた。夫が全部使ってしまったみたいだ。

 なんてことだ、あたしは何に毒を混ぜればいいのか。予期せぬ事態にあたしはパニックに陥りかけた。

 ヘビが蜷局を巻いて威嚇している。

「自分だけよかったらいいの、もうあたしにはほんの少しの優しさもないの。あなたの目の前にいるのはまだあたしなのよ」

 ヘビはもうお腹がいっぱいなのか、いつものようにあたしの言葉を呑んでくれない。どうしよう、どうしよう。あたしが呑み込むしかなくなってしまう。

「買ってこいよ」

 夫の言葉で我に返る。そうだ、買いにいけばいいのだ。再び夫に感謝の気持ちが沸いた。

 お鍋を見る。水はもうほとんど入っていない。こんな状態のお鍋を、ポン酢を買ってきたからって夫はまだ食べるのだろうか。いや、今は悩んでいる場合ではない。急ごう。

 あたしは靴を履き切れていないぐらいで焦って玄関を出たが、ふと財布を持って出るのを忘れている事に気付いた。慌てて取りに戻ろうとしてドアを少し開けた時に、聞いた事がないような夫の甘い声が聞こえてきた。 

 女と電話している。

 あたしは驚いてしまった。夫はこんなに甘い声を出す事が出来るのか。あたしが一度も聞いた事がない声。

 夫が男だという事を改めて思い知らされ、あたしは愕然と立ちすくむ。男は愛する女にはこんな声で囁くのか。こんな少しの隙に電話をかけて愛を囁くのか。

 これからあたしは、暗い夜道を一人寂しくポン酢を買いに行くのに。

 あたしはその甘い空間にどうしても戻る事が出来ず、ドアをパタンと閉めた。


 (つづく)





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