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【短編小説】殺意の蜷局 第5話

 夫に殺意を抱き始めたのが一年前。

 その頃、夫に愛人がいるということを知り、少しでも気晴らしになればと思い、近所の陶芸教室に通いだした。

 一心不乱に土をこね、くるくるくるとろくろを廻せば気が晴れるかと思ったが、土を憎しみで叩きつけ、ろくろを苛立ちで廻しただけだった。

 出来上がった作品は、ヘビが蜷局をまいてこちらを睨んでいるような歪なものだった。その時初めてヘビがあたしに囁いた。

「殺して食っちまおう」

 それからの日々は不思議に楽しかった。

 毎日毎日、どういう方法で夫を殺すかを考える事は唯一の安らぎでもあった。生きがいといってもいいぐらい、私の精神は充実に満ち溢れていた。その間もヘビはあたしの言葉を呑み続けていた。

 違う。想い出に浸っている場合ではないのだ。

 慌てて夫を見ると、まだ携帯を見ていた。夫の口元がおかしな形に歪んでいる。抑えきれないのか笑みが口元から漏れている。

 何て書いてあるのだろう。何を書いたらそんな風に笑みが漏れるのだろう。

「死んでくれたらいいのに」

 あたし以外の女にそんな気持ちを抱くぐらいなら、消えてなくなってしまえばいいのに。

 殺すことは簡単だ。

 どんな方法を使っても殺すという作業は簡単なのだ。難しいのはその後なんだ。夫の死体をどうすればいいのか。あたしは捕まりたくはない。

 バラバラにして近所に配る事も考えた。しかしバラバラにして捨てると必ず見つかっている気がする。

 そうだ、食べてしまえばいいのだ。

 ヒトの肉の味は豚肉に近いのか、牛肉に近いのかはわからないが、食べてしまえば消えてなくなる。いや、無理だ。ヒトの肉は臭そうだ。特に夫の肉は臭そうだ。ヒトとして腐っているのだから。

 調理して配るというのはどうだろう。豚の角煮なんかだと味も濃いいしごまかせるのではないか。いや、無理だ。大量すぎる。それに夫の肉はまずそうだ。後で苦情がきても困る。近所付き合いは大切なんだから。

 あれを見つけた時は本当に驚いた。

 夫の生命保険の受取人が、あたしの名前じゃなくなっていた。聞いた事もないような女の名前に変わっていた。

 ベッドの隙間にそっと挟んであった証券を見つけてしまった時、あたしの毎日に色がなくなった。何を見てもモノクロに映る。何を食べても味がしない。全ての感情が殺されてしまったのだ。

 早く夫を殺さないと、あたしが死んでしまう。

 結局殺し方は単純に毒を盛る事にした。手っ取り早くていい気がした。

 今日昼間に、ホームセンターで殺鼠剤を買ってきた。二時間も電車に揺られ遠くのホームセンターまで行ってきた。最近家に籠りっきりだったからなんだか旅行みたいで楽しかった。

 電車でポッキーを食べながら流れる景色を見ていたら、夫と別れて新しい人生をやり直せるような明るい気持ちが沸いてきた。

 だがトンネルに入った瞬間暗い気持ちに突き落とされた。明るい気持ちになった分、憎しみが増した。

 膨れ上がった殺意が蜷局を巻いて、暗闇からあたしをじっと見つめていた。


 (つづく)

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