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【連載小説】砂の城 第11話


「本当にそっくりだよな」

「気持ち悪いぐらいね」

「狩野さんはどうすんだよ」

「一緒に殺して捨てちゃえば」

 誰かが話している声が聞こえる。

 未映子は戻りつつある意識の中でもがいていた。

 未映子が目を開けようとした瞬間、唐突に記憶が溢れ出してきた。せき止められていた記憶が一気に流れ出し、未映子の血の中を巡るような感覚がした。

 映画を観ているように、幼い頃から今までの未映子が記憶を巡った。

 母の顔を蹴り続けている自分の姿で、記憶の流れが止まった。

 やはり私は母を憎んでいたのだ。
 未映子は絶望的な気持ちで目を開けた。

 そこには自分と同じ顔をした女が立っていた。

「誰?」

「あたしはあんただよ」

 女はつっけんどんに答えた。顔はそっくりだが、性格は違うんだなと未映子は場違いな事を思った。

 女の背後には裕真が立っていた。どこにいったかと思ったらこんな所にいたんだと、未映子は理由はわからないけど変に納得した。

 狩野は部屋の隅で、頭から血を流しながら、未映子の方を見ている。手足を縛られているようだ。

 未映子を見ているのか、女を見ているのかよくわからない視線でこちらを見ていた。

「あたしはあんたの母親に生まれてすぐに殺されたんだよ」

 女は小夜香という名前だと名乗った。

 小夜香の話によると、未映子の母親は双子を生んだが、二人も育てたくないという理由で、小夜香を死産扱いにし、狩野に殺して埋めるよう命令したのだ。

「何で捨てられたのが、あたしだったかわかる?」

「どうして?」

「よく泣いたから。うるさいって」

「そんな理由で」

「あんたはよく寝る子でラッキーだったよね」

 未映子は小夜香を不憫に感じた。

「じゃああなたは私の妹」

「あたしの家族は裕真だけだ」

 小夜香は裕真を見つめた。裕真は大きく頷き返した。

「俺は小夜香の為だったら何だってやるよ」

 裕真は小夜香と同じ施設で、兄弟のように育ったのだと自慢げに語った。

 17の時、小夜香は出生の秘密を知ったと話した。あそこにいる狩野によって。

 狩野は、治子に雇われていた運転手だった。
 その当時狩野はまだ25歳だった。狩野はどうしても小夜香を殺す事が出来なかったらしい。

 狩野は小夜香を殺したという事にして、連れて逃げたのだという。施設に入れたのは、母親にバレないようにするためだった。狩野はしばらく治子の運転手を続け、30歳の時に仕事を変わり、施設にいた小夜香を引き取り育てたのだと。

 私に妹がいたなんて。双子だったからこんなにそっくりなんだと、未映子はストンと思考が落ち着く場所に落ち着いたと思った。

「母を殺したのはあなたなの?」

 小夜香は悪びれもせず、当たり前の事が行われたかのように微笑んだ。

「あんな女はいなくなった方がいいのよ」

「でも」

「あんただって思ってたはずだよ」

「私はそんな恐ろしい事思ってない」

 小夜香は携帯を取り出し、勝ち誇ったように未映子につきつけた。

 そこには未映子が母の顔を蹴っている姿が映っていた。鬼の顔だと未映子は絶望した。

「あんたの代わりに消してやったんだよ。お礼を言われてもいいぐらいだけど」 

「確かに私は母を憎んでた。愛情なんてヒトカケラも与えられなかったから」

 未映子は母から受けた仕打ちを一つ一つ思い出しながら、遂に自分の本心を受け入れた。

 でも殺そうなんて一度も考えたことはなかった。愛されたかった。母の笑顔を見たかっただけだった。

「だからって殺すなんて」

 小夜香は苛ついたように携帯を閉じた。

「あたしはあいつに存在を殺されたんだ」

 そうだ。私よりこの子のほうが傷が深いのだ。いや、あの母親の側で生きながら殺された私の方が。

「小夜香、そろそろ」

 未映子の気持ちなど関係ないというように裕真が小夜香に言うと、狩野の身体がビクっと動いた。

「あんたはあたしとして死んでもらう」

 未映子は今言われた言葉の意味が全くわからなかった。私が小夜香として死ぬ。心の中で何度も繰り返してみるが、理解できない。

「俺が未映子を連れて行くから」

 狩野が小夜香に向かって叫んだ。

 小夜香の表情がいびつに歪んだ。

「あの時みたいに?」

「そうだ。あの女がお前を殺せって言った時も、俺は出来なくて、お前を連れて逃げた」

「今度は未映子を助けるってわけ」

 小夜香は傷ついたように笑った。泣いているようにも見える顔で笑い続けた。

「全部あんたが持ってくんだね」

 小夜香は未映子の頬を殴った。痛い。この痛みは小夜香の、そして未映子の心の痛みだ。

 未映子は幼かった頃、小夜香に胸を押されて、痛みに耐えていた自分を思い出す。

 やはりこの痛みは私が受けるべき痛みだったのだ。

 未映子は歯を食いしばって痛みに耐え続けた。

 (つづく)

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