マガジンのカバー画像

短編小説「殺意の蜷局」

8
「あたしはヘビだ。言いたい言葉を呑み込む度に、あたしはヘビになっていく」夫の裏切りを知った妻の心に殺意が生まれる。妻は夫の殺し方を考え始める。現実と幻想の狭間で、妻の心は少しずつ…
運営しているクリエイター

2021年2月の記事一覧

【短編小説】殺意の蜷局 第3話

【短編小説】殺意の蜷局 第3話

 不覚にも夫の言葉に感動すら覚えてしまった。

 そうか、今このお鍋に足りないものは水なんだ。野菜や肉に水分を吸われすぎてドロドロになっているのだから、水を足せばいいのか。簡単な事だ。

 そこでふと疑問が沸いた。どうして夫は自分で水を足さないのだ。今あたしより先にそのことに気付いたんじゃないのか。

 そう、夫は家で何もしないのだ。着替えたものは足元に、使ったコップはそのままに。

 夫は長男で

もっとみる
【短編小説】殺意の蜷局 第2話

【短編小説】殺意の蜷局 第2話

 夫が部屋着に着替えてあたしの前に座り、お鍋の中のドロドロに溶けた白菜を嫌な目でじっと見ている。

 夫があたしの目を見ずに呟いた。

「何だ、これ」

 あたしの中のヘビがむくっと首を擡げる。夫が一か月ぶりに口を開いた言葉が、「何だ、これ」とはどういう事なのか。

「あんたが遅かったからじゃない、あんたが女のとこに行ってたからじゃない。知ってるのよ、あたしは。女がいるんでしょ、女がいるんでしょ」

もっとみる
【短編小説】殺意の蜷局 第1話

【短編小説】殺意の蜷局 第1話

 あたしはヘビだ。 

 言いたい言葉を全て呑み込んでしまうあたしは、食べ物を腹一杯食べて、お腹が風船のように膨らんでしまっているヘビなのだ。呑み込んだ言葉が一切消化しないから、あたしのお腹は破裂寸前になっている。

 さっきから私の隣りでお鍋がグツグツと煮えたぎっている。夕食は、夫の好きな白菜と豚肉のお鍋を作った。だが今日がもう終わろうとしているのに、夫はまだ帰ってこない。帰ってくる気配すらない

もっとみる