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【SS】数学とガラス細工

設定:メインキャラクター3名。若者の日常を描いていください。


「暗記ものは後でノートを渡すわね。今日は数学だけ教えるわ」

「おぅ。」

「数式を理解して後は解くだけだから、案外一番コスパがいい科目だったりするのよ」


今日僕は、初めて彼女と対面した。

成績優秀な彼女の事はもちろん知っていた。

長い髪を三編みに結んで、瓶底のメガネをかけて、いかにも「ガリ勉です」という彼女の姿は、一度見たら中々忘れられなかった。

「悪いね、こんな事に付き合わせて」

成績底辺の僕に勉強相手として彼女を抜擢したのは担任の先生だった。


「いいのよ、勉強好きだから。いくらやっても飽きないわ」

「勉強が好きなの?」

「そうよ、変かしら?」

そういって笑う彼女の唇の形の良さにドキっとする。


きっと彼女はとんでもなく美人だ。

彼女の噂話のなかにはそんなことも囁かれていた。


「…いや。好きなものがあるだけ羨ましいよ」

「あら、あなたには無いの?」

「ないね。」

「意外。」

「そうか?」

「だってあんなに毎日楽しそうじゃない」


僕はどちらかというとクラスの中心で、見た目良し中身無しの連中と一緒にいた。


「…あんなの気晴らしだよ」

「…それでいうと、私も勉強は気晴らしかもしれないわ」


そうして彼女は窓の外を見た。

僕たちは今、教室の一番後ろの席2つを向かい合わせにして座っている。

日が傾いてオレンジ色に染まった空の色がノートや彼女の瞳に映っていた。


「昔、父に連れられて行ったガラス細工工場でね。女性の職人さんがガラスを吹いていたの」

僕は、ペンを握ったまま彼女に見惚れていたものだから、彼女の話がすぐに理解できずにいた。

「それがとれもキレイでね、私もあんな物が作りたいと思ったわ」

「…ガラス職人になりたいの?」

「ふふ、どうかしら。でもとても心惹かれたわね」

細長い指で握ったペンを口元に持っていき、彼女が笑った。

「何かになりたいと決めるにはまだ知らない事が多すぎるから、色んな事が知れる勉強が好きなのかもしれないわね。」


彼女は日々成長しているのだ

そんな気がした。


僕は、手元に視線を戻して、少し乱暴に計算式を書きなぐった。

「・・・・できた」

「あら。」

飲み込みが早いのね。

そう言って彼女はまた笑った。


「今度デートしない?」

「…ふふ。」

「あ、冗談だと思ってるでしょ」

「私、好きな人がいるの」


僕の中でガツンと衝撃が走ったと同時に、教室の扉がガラガラと開いた。


「お前らまだやってんのか」


僕たちが二人同時に振り返ると、そこにはこの状況の挙行者である担任の先生が立っていた。


「先生」


彼女が言った。

その声の甘ったるさたらなかった。

僕は少し目を丸くして彼女を見た。


すきな人ってもしかして…


そんな視線を送っていたのかと思う。

僕と目があった彼女は、夕日で染まった頬を少しだけピンク色にして、肩をすくめた。

「・・・先生なんか嫌いだ。」

「なんだー!急にー!」

可愛らしいくもじもじする彼女を見ながら、僕は言い放った。


先生がその場を去った後、ノートやペンなどを鞄にしまいながら、僕は思考を働かせる。


彼女にとって、数学とガラス細工のなにが違うのか。

ガラス細工より先生の方が好きそうに見えたが、なんで先生の方が好きなんだ?


俺にとって彼女は

数学だし

気晴らしだし

ガラス細工だ。


鞄に物を入れる音が、無意識のうちに大きくなる。

彼女は、僕より先に身支度を終えて、そんな僕を静かに見つめていた。


「…もし順位が20番以上あがったら」

彼女の囁くような小さな声に、僕はピクリと反応して、視線を彼女に向けた。

「あがったら?」

「デートにいきましょうか。」

そういってニコリと笑った彼女。


彼女にとって僕は、数学なのか?ガラス細工なのか?

…それとも担任の先生のようになれるのだろうか。


僕にとって彼女は

やっぱり、特別かもしれない。



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