小説 あべこべのカインとアベル⑧承前ーシスター・コンプレックス前話

 なぜ栞がそんな話を私にしたか?

 その答えは明確だったし、その話の真偽はどうあれ、とにかく私は彼女を信じた。彼女が言うなら、カインという兄はいたのだろうし、彼女は殺人者なのだろう。

 人は、彼女が心のバランスを壊しているというかもしれない。

 だけど、それはばかげたことだ。私たちはみんな、心のバランスの指標なんてとっくになくしている。

 だが、今は、そんなことはどうでもよい。

 栞はその話を、私にしなくてはいけないと感じたからそうした。

 その理由。それは彼女も言及したとおり、私たちが似ているから。それがどの部分かは、わざわざ言う必要もない。

 大事なのは、これが私にどう影響を及ぼすか、だろう。

 彼女は、何かを私に求めているのだろうか? 

 私が解放されることを望んでいるのだろうか?

 私から言わせてもらえれば、彼女もまた、兄という存在からいまだに解放されていないように思えるが、少なくとも吹っ切れてはいるのだし、彼女の姿はどこか、神を崇拝する信者のようだった。何かを純粋に信仰している人の姿は、美しい。それがほかの人にとっては狂気に思えるとしても。

 私のは、純粋でないからいけないのだろう。だから、私は何かを信じるという行為をとても尊いものだと思うのだ。私は、たったひとつでもまっすぐ正直に突き進んでいくことができないから。

 私のは、栞とは違って、敬愛ではなくて憎悪だけれど。

 憎しみですら貫けない私は、やっぱり、どこまで行っても中途半端なのだろう。

 栞は、私にこの憎しみを捨ててほしいのかな。それとも、突き進んでほしいのかな、彼女自身のように。

 空気になりたかったと、栞は言っていた。世界に彼女の話を刻み付けるのだとも。

 そうしたら、私は彼女に刻み付けられる世界の大気になりたかったな。何かの媒体になりたかったな。そうしたら、自分の利用価値が明確なのに。

 どうせだったら、私も何か世界に刻み付けてから、いなくなりたいな。

 その時は栞と一緒だったらいいな、なんてことを、その夜、目を瞑りながら考えたのだった。


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