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宝塚月組 『DEATH TAKES A HOLIDAY』は生きることの意味と宿命を考えさせる作品

 こんばんは。6月21日に『DEATH TAKES A HOLIDAY』を渋谷の東急シアターオープで見てきたので、感想を書いておきたいと思います。初日から18日までチュとなったので、生で見られてラッキーでした。明日はライブ配信ですが、生で見ておいてラッキーと思える完成度の高い作品でした。この作品、宝塚の世界観にぴったりですし、ぜひ本公演で再演して欲しいと思いました。

月城かなとの神がかった美しさが堪能できる

月城かなとの美しさを堪能

 あらすじはタイトルからもわかるように、死神が二日間の休暇をとる間に恋に落ちるという話です。荒っぽい言い方をすると、『エリザベート』と『美女と野獣』を足して2で割ったような感じですかね。ポスターを見てもわかるように、野獣ならぬ死神からロシア貴族の皇子・ニコライ・サーキの姿を借りた月城かなと(れいこちゃん)の美しさをたっぷり堪能できます。あまりに美しいので、普段は買わないプログラムを購入してしまったほどです。
 『エリザベート』と違うところは、海乃美月(海ちゃん)演じるヒロインのグラツィアはまだ21歳で、死神と出会った日に婚約したばかり。エリザベートのような苦労はしていません。物語の根底に息子を戦争で亡くした両親の悲しみがあるのですが、全体的には明るいお話で、結末も明るく、そこが救いでした。

スタイリッシュな舞台装置が素晴らしい

 良いところが色々ある作品なのですが、まず、國包洋子さんの舞台装置が素晴らしかったです。『Deep Sea-海神たちのカルナバル-』の装置を担当された方ですね。今回、2階センターの10列あたりから見たので、階段を使った舞台が良く見えました。普通の舞台の上に丸盆を載せていて、その上に舞台装置をのせ、生徒さんが手で動かしたりしていたらしいです。國包さんは装置に照明を埋め込むのが上手いですね。スタイリッシュでおしゃれでした。

モーリー・イェストンの旋律が美しく耳に残る

 それからモーリー・イェストンさんがが作詞・作曲された音楽が耳に残る曲ばかりで、どれも良かったです。『ファントム』『グランドホテル』『タイタニック』『ナイン』等の音楽を作曲した方なので、天才なのでしょうが、ミュージカルはこうでなくてはと思わせる曲ばかりでした。寺田先生亡き後の宝塚オリジナルの作品の歌が、滅多に耳に残らないのは残念でなりません。

冒頭の映像とナレーションで物語に引き込まれる

 潤色・演出は生田 大和先生ですが、感心したのは冒頭の物語の背景を説明する部分です。映像で第一次世界大戦がいかに悲惨だったから、いかに多くの人の命を奪ったかを、風間柚乃くん(おだちん)がナレーションで語るのです。そして、第一次世界大戦の最後の年、1918年にスペイン風邪のパンデミックで1億人の命が奪われたと。なので、死神が仕事に忙殺され、1922年には休暇を取らねばやっていられないほど疲弊していたことが納得できるのです。ウクライナで戦争中でコロナ禍も終わらない今と重なるところもありますね。

歌ウマの生徒を揃えたコーラスは聴きごたえあり

 さて、その映像から一転、猛スピードで走る一台の車が舞台に登場します。同乗者は、ヴィットリオ・ランベルティ公爵(風間柚乃)、その妻のステファニー公爵夫人(白雪さち花)、その娘のグラツィア・ランベルティ(海乃美月)、グラツィアと婚約したばかりのダニエッリ伯爵家の跡取り息子・コラード・ダニエッリ(蓮つかさ)、ランベルティ公爵の息子ロベルト(第一次世界大戦で戦死)の妻・アリス・ランベルティ(白河りり)、ロベルトの戦友だったエリック・フェントン少佐の妹・デイジー・フェントン(きよら羽龍)、そして運転手のロレンツォ(一星慧)の7人。1922年7月の金曜日、彼らはヴェニスでグラツィアとコラードの婚約を祝った帰りで浮かれています。海ちゃんのソロに続き、この7人のコーラスでスタートするのですが、海ちゃんは高音がキレイに出ていたり、コーラスの旋律も美しく、躍動感のある場面です。

死神に助けられたグラツィア

 突如現れた闇にハンドルを取られ、車の上に立ち上がっていたグラツィアは時速100キロの車から放り出されてしまいます。普通なら死んでいるはずですが、不思議なことにかすり傷一つ負わずに生還します。実はグラツィアは本来なら死ぬべきところ、彼女の魅力に心惹かれた死神によって命を救われたのです。ここは『エリザベート』の設定に似ていて、生還したものの、グラツィアは何かが自分の身に起こったことをうっすらと感じています。

死神はロシア貴族サーキ皇子の姿を借りて休暇に入る

 真夜中に死神はヴィットリオ・ランベルティ公爵の書斎を訪れ、何故人は自分を恐れるのか知りたい、人の目で死神を眺めたいので、明日と明後日、ロシア貴族の皇子・サーキの姿を借りた自分を客人として迎え入れて欲しいと頼みます。その秘密を知っているのは、ヴィットリオと執事(使用人頭)のフィデレ(佳城葵)のみ。ですが、ヴィットリオの湖畔の屋敷である「ヴィラ・フェリーチタ」に滞在していたコラードの祖母・アンジェリーナ(彩みちる)は30数年前に夫を亡くして以来、意識が混濁しているにもかかわらず、死神の到来を感じ取っています。そのアンジェリーナをずっと愛しているのが、主治医でランベルティ公爵家とは旧知の仲のダリオ・アルビオーネ男爵(英真なおき)です。宝塚のオリジナルの作品だと、70代半ばの高齢カップルが重要な役割を果たしたり、ソロがあったりすることは滅多にありませんが、ブロードウェイ作品なので、彼らは死神が知りたがった「生きるとは」「愛とは」に対する答えを知っている存在として描かれており、重要な役割を担っています。

夢奈瑠音の青年役とソロが良かった!!

 それから、途中から登場するのがアメリカ人で、ランベルティ公爵家の一人息子ロベルトの戦友だったエリック・フェントン少佐(夢奈瑠音)です。エリックはロベルト共に訓練を受け、熾烈な空中戦を戦った仲ですが、サーキ皇子の瞳を見て、「どこかで見たことがある」と不信感を抱きます。エリックはサーキ皇子がモンテカルロで博打に負け、既に死んでいることを暴く役なのですが、聞き応えのあるソロがあり、やっぱり夢奈瑠音は歌が上手いなぁと感動しました。『応天の門』では老け役でしが、実力のある男役さんなので、久しぶりに青年役が見られて嬉しかったです。

 ここで、メインキャストの感想を個別に書いておきますね。

◆死神/ニコライ・サーキ 月城かなと
 とにかく神々しいまでに美しいです。この死神はトートと違って、目玉焼きを初めて食べたり、薔薇の香りを嗅いで大喜びしたりと、キュートで可愛い面と、ヴィットリオをドスを効かせて脅したりする怖さと、両面のある役なのですが、演技巧者のれいこちゃんはそのどちらも的確に演じていて、この役にピッタリでした。また、死神はグラツィアを心から愛するようになり、彼女を生かしたいと思うんですね。自分の思いや利益より相手を思うことがが愛なのだと知るところ、別れは身を切るほどつらいけれど、そのつらさを耐えて彼女をこの世に残したいと望み死神の縁起は胸を打つものがありました。

◆グラツィア・ランベルティ 海乃美月
 私見ですが、歌がぐんと良くなったと思います。これまで「もう少し声が伸びたらなぁ」と思ったりしたのですが、今回は素晴らしかったです。それから、透明感のある美しさと華やかさがあって、ちゃんと21歳のヒロインに見えました。この役は海ちゃんにとても合っていて、今まで見た中で一番好きだったかもしれません。

◆ヴィットリオ・ランベルティ公爵 風間柚乃

 おだちんのすごいところは、ナレーションも上手いし、100期なのに、97期の海ちゃんのお父さんにちゃんと見えるところです。そして91期生の白雪さち花の夫役としても違和感がない。老けているわけじゃなくて、貫禄があるんですよね。それから、声のコントロールが巧みなのでしょう。学年から言えば、夢奈瑠音か蓮つか
さがこの役をやっても良いはずですが、ヴィットリオは死神を迎え入れ、サーキが死神だと知っている唯一(フィデレもいるので唯二ですが)の人物で、歌も多いし、重要な役どころです。息子を亡くし、娘まで奪われたくないと切に願う父親でもある。なので、役に比重から言えば、40代後半の設定の役でも、2番手のおだちんにやって欲しかったのでしょうね。立派に重責を果たしていました。これだけ安定感のある若手スターって、滅多にいませんよね。

◆ステファニー公爵夫人 白雪さち花

 サーキ皇子が来訪したときは「王子様だ!」と心をときめかすステファニーですが、実は第一次世界大戦で戦死した息子ロベルトの死が受け入れられず、今も部屋をそのまま手をつけずに残しています。ロベルトの寝室で歌う「心が微笑むことはない」「ロベルトを失って」は母の癒えることのない喪失感が伝わってきて、胸が熱くなりました。立場的にオリジナル作品だと脇を固める役が多くなりがちですが、白雪さち花さんのソロを久しぶりに聴いて、やはりこの人は歌が上手いなあと思いました。ステファニーの嘆きに接して、死神は人はなぜ死神を避けるのかを実感することができたのです。

◆コラード・ダニエッリ  蓮つかさ

 れんこんちゃんが25歳という青年を演じるのを見て、新鮮でした。『ALL for One』の新人公演で主演のダルタニアン、『1789』の新人公演でもやはり珠城りょうのロベスピエールを演じたのですから、いかに彼女の技量が高くて、評価されていたかわかります。技量が高すぎて、最近では老け役が多く、『応天の門』では検非違使役の國道とあまり目立たない役だったので、今回の青年役は嬉しかったです。コラードは子供の頃からグラツィアを愛していたのに、彼女はサーキ皇子に心惹かれて、婚約破棄されてしまうという、何ともお気の毒な青年なのですが、冒頭の場面から最後まで、コラードをしっかり演じられていました。

◆アリス・ランベルティ 白河りり

 りりちゃんはご存知のように歌姫で、踊りも上手で、演技も上手いと、三拍子揃った娘役さんです。アリスは亡くなったロベルトの未亡人なのですが、公爵家に残っていて、サーキ皇子に一目惚れし、言いよります。れいこちゃんと2人で踊り歌う場面があるのですが、実に上手かった!! ただ、音くり寿ちゃんじゃないけど、上手すぎてヒロイン向きじゃないと思われ、重要な別格娘役路線を歩みそうな予感もします。役付きや役の比重からすれば、このアリスの方がきよら羽龍ちゃんの方が少し上という気がします。歌劇団内で徐々に評価が高まっているのではないでしょうか。

◆デイジー・フェントン きよら羽龍

 亡くなったロベルトの親友・エリックの妹でアメリカ人を演じるのがおはねちゃん。1920年代のアメリカ女性特有のファッションを身に纏っていました。途中からグラツィアに振られたコラードを狙って近づく役です。ガッツリ歌わないのでソロはあまり印象に残りませんが、役柄としては可愛くて合っていました。

◆ロレンツォ 一星慧(いっせいけい)

 102期生でメインキャストの中に入った一星慧さん。月組はあまり詳しくなかったのですが、178センチの長身で舞台映えします。常に帽子を被っているのでお顔ははっきり見えなかったのですが、素顔の画像を見ると可愛らしい男役さんですね。きっと歌がお上手なので抜擢されたのでしょう。これからが楽しみです。

◆エリック・フェントン少佐 夢奈瑠音

 先ほど述べましたが、亡きロベルトの戦友で、アメリカ陸軍の飛行士という25歳の青年のカッコよく、良いお役です。歌もしっかりソロがあって、とても良かった!! 『アンナ・カレーニナ』で演じたコンスタンチン・レーヴィンがとても素敵だった夢奈さん。こういう青年役を見るのは久しぶりですが、実力がある人なので、正統派の男役が見られて眼福でした。

芝居巧者の英真なおきと彩みちるが脇で締める

 余談ですが、今回、お芝居の上手な彩みちるちゃんが英真なおきさんと組んで、かつて愛し合いながらもすれ違ってしまった70代のカップルを演じているんですね。エヴァンジェリーナは夫マリオの死を受け入れられず、英真なおきさん演じる主治医のダリオを夫だと思い込み、「マリオ」と呼んでいます。ところが、死神であるサーキが屋敷に来訪すると、霧が晴れたように頭がクリアになり、「死神はこの家の中から1人を連れて行く」と予言するのです。私はそれがみちるちゃん演じるエヴァンジェリーナかと思ったのですが、そうではない結末にビックリ!!でした。英真さんは言うに及ばずですが、みちるちゃんは演じる役の幅が広いのだなと感心しました。

神が定めた宿命は変えられない

 結末はテレビドラマ『JIN - 仁-』を思わせるものがありました。つまり、誰かが好意から人の命を助けても、最終的には神が定めた宿命を変えることはできないということです。死神は愛を知って、「せめて一夜だけでも、一瞬でも長くここにいたい」と願います。なぜ人が死神を避けるのかを人の目で生きて理解したのです。人の情けを知り、親の愛を知り、グラティアをこの世で生かしてやりたいと思うけれど、グラティアは黄泉の世界であろうとも、その果てまで愛する人と永遠に一緒にいることを強く望みます。彼女の愛が死神の醜い姿を王子のような美しい姿にかえ、2人は至福に包まれて幕を閉じます。

 きっと両親であるヴィットリオとステファニー夫婦は長き悲しむでしょうし、この世の無情を感じるでしょうが、あの世の視点、死神の目で見れば、死は必ずしも悲劇ではないということでしょう。クラウディアにとって、生きることは死神と一緒にいることを意味したのですから。

黄泉からこの世を眺めたら違った結論になるかも?

 私たちは時に、身内を思いがけない病や事故で失い、その意味を理解できず、理不尽に感じます。ですが、もしかしたら魂の故郷に戻った人たちは、違う視点でこの世を眺めているのかもしれないのです。『DEATH TAKES A HOLIDAY』を見ながら、そんなことを考えていました。

 占いは運命を変えることはできますが、寿命は予見できませんし、宿命を変えることはできません。数秘術は生まれる前の青写真、ブループリントを出すものですが、そのブループリントの中には「ここで魂の故郷に戻ろう」というのも予め決められているのかもしれませんね。出来うるなら、「愛」を知って任務完了の人生としたいものです。




 

 


 


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