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プロボノでノケモノになった話~③これから活動する人へ

大学4年〜社会人3年目ぐらいの頃、プロボノ的な団体に参加していたことがある。その失敗談と、10年以上経った今だからわかる教訓を書いてみようと思う。

前回前々回のあらすじ
プロボノ団体に参加した私。
皆に貢献できるスキルも、活動に対する興味もないのに、何か人と違うことにjoinしてるという特別感を味わうためにロクな仕事もせずに居座り続けていた。結果、周りから嫌われノケモノ扱いになり、いたたまれなくなってフェードアウトした。

前回書いたプロボノでの顛末は、情けなすぎてこれまで振り返ることすら避けてきた。でも、10年以上経ってもう流石に心が痛まなくなったので書いてみた次第だ。

今回は、これからプロボノ活動をしようと思っている人に、少しでも参考になることを書いていきたい。

1.プロボノは自立した余裕のある人がするもの

私はプロボノをやるには若く未熟すぎた。色々な面で自立して余裕のある人がやるものだと思う。

1-1.精神面

公私ともにある程度いろいろなことを経験して、自分を客観視できるようになってから参加した方が楽しめると思う。

自分を客観視できれば、どんなスキルで貢献できるかも明確になっており、団体に入っていきやすい。
また、活動内容が自分とは合わないと思えば「それでも居場所がほしいから続けよう…」などと私のような馬鹿げた真似はせずに、ササッと身を引く選択ができるだろう。

1-2.スキル面

プロボノは仕事ではないので、研修はないし教育担当のような存在もない。なんらかのスキルがあり、ある程度自走できる人でないと有効に活動していくのは難しいだろう。

1-3.金銭面

これまで特に触れなかったけど、活動中はいろいろな出費が地味にこたえた

団体にはスポンサーがついていて大きな出費を強いられることはなかったけど、それでもなんだかんだで細かいお金はかかる。

毎回のミーティングへ向かう交通費とか、ミーティング中のお茶代とか、何か資料を持参する時のコピー代とか。余裕のある人にとってはなんでもない金額だろうけど、若く薄給の自分には厳しかった

やはり経済的にも自立している人の方が向いているだろう。ノケモノ状態の頃は「プロボノなんて所詮金持ちの道楽」などと心の中で毒づくこともあった。(今も若干そう思う)


2.スキルかハート、どちらかは必須

プロボノだもの、出来ることで貢献するのが本来の姿。

でも出来ることが少ないのなら、せめて活動に対する前向きさ・「なんでもやります!」という姿勢が必要だ。

個人的には、どちらかを天秤にかけたらスキルの方が重要かな、という感覚。実際、会社経営者や士業、大企業社員の人が多かった。


(余談)育休ママ向けプロボノってどうなん?

近年、育休中のママがやるためのプロボノ活動とかあるけど、あれもスキルの差が相当出て孤立する人もいるんじゃないかなぁ。

産前までバリバリ働いてきた人もいれば、なんとなく働いて出産したけどふと「何者でもない自分」に不安になって参加する人もいるんじゃないか、、両者は共存できるのだろうか、、とか。

いや、わざわざ育休中にプロボノなどをする人は全員ハイスキルなのか?
それともプロボノ提供側がそのへんを調整してくれてるのだろうか。そうだとしたら、上手くいくよう予めセッティングされたカリキュラムなんて参加する意味があるんだろうか…知らんけど。


3.他で失敗するよりはいいかもよ

プロボノでの失敗は手痛い経験だったけど、他のことで失敗するよりは良かったかも、とある意味思う。

たとえば、仕事でこんな情けない・人の信頼を失うような失敗をしでかしたら。その評判は長く尾をひき、挽回していくのは大変だろう。

あるいは、地元のママコミュニティやPTAなんかで同様の失敗をしたら。うちの地域は村八分になるほど濃い付き合いはないけど、ちょっと近所のスーパーに買い物に出たら気まずい相手とバッタリ!なんてことはたびたび起こってしまうだろう。子どもの人間関係に影響が及んでしまう可能性だってある。

でも、これはプロボノ。たまたま知り合ったNさんにたまたま紹介された、私には縁もゆかりもない人達で構成された団体だ。
そこでやらかしても、もうその人たちと関わらなければ元の日常が戻ってくる。

だから、上では「自立した人がいいい」「スキルがないと厳しい」とか書いたけど、別に失敗してもプラマイゼロじゃん!って軽い気持ちで始めても間違いではないと思う。他人にあまりに迷惑をかけるのはNGですが。


4.最後ぐらい良い感じにまとめよう

良い働きはできなかったし人間関係も壊してしまったけど、団体が大きなイベントを作り上げていく様を内側から見れたのは面白かった。

本業の仕事(内装工事の設計)とは180°違うプロボノでの事業は「こんな世界もあるのか」と刺激になった。

例えば、スポンサーを集め、金銭や物資の支援をお願いする。
運営資金はもちろん、大会当日に使用するテントや給水所のドリンク、果てはバナナ(!)まで、たくさんの企業に協力いただいた。

そして、ここ一番の大会の時に支援を受けるためには、日頃からお付き合いの場に顔を出したりしてコネクションを作っておくことが大切なのだとわかった。ビジネスは人脈が大事!と訳知り顔に言う大人を見て「へぇそうなのか」と思ってはいたけど、実際こういうことなのかと実感した。

メンバーの働きかけが大きなことに繋がっていくのを目の当たりにして驚いた。
誰もが知っているマラソン選手をゲストランナーとして招くことができたり、誰かが「大会のテーマソングを作りたい!」と言ったらあっという間にプロのミュージシャンを探してきて曲ができていたり。

華やかな面だけでなく、表には見えない様々な下準備が存在することも知った。
マラソンコースとして道路を使うのだから行政や警察への届け出や綿密な打ち合わせが必要だ。また、万が一大会が荒天で中止になったときのために「イベントお天気保険」なるもの(多分もっとちゃんとした名前がある)を契約したりした。それに、会場の設営には多くの職人さんの力が必要だった。

そんな風に、多種多様な人や企業が関わって1つの大会ができている。しかも、その関わりというのがメンバーの熱意によって生まれているのがすごいと思った。社会に出たばかりの私には驚き、とまどい、刺激の連続だった。

一方で、すごいことはすごいけど、私の志向性はコレではないなというのも本能的に感じた。広く仲間を増やして大きなことを成し遂げるのは刺激的ではあるけれど、本業(内装工事の設計)のように、1つの対象に自分の技術や知見を注ぎ込むような仕事の方が私は楽しめると。

というわけで私にとってプロボノは、知らない世界を知り、そして己を知ることができた経験だと言えるだろう。

若い頃は「知ったところで、ノケモノ状態で何も生かせなかったんだから意味ない」と思ってた。でも、今はこうも思う。ほとんどの人が1つの世界しか知らないのだから、知ってるだけでだいぶ面白い人間になってるのでは…と。

これからプロボノに参加する方は、良い経験ができますように。

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